これが実力の差というヤツだ
今回は、題名からは想像できないシリアス回です。
次はちょっとコメディー風にするつもり。
『各種競技が始まる前に、皆様にお知らせいたします』
魔術によって拡声された女性の声が、観客席の下の、簡素な控え室にいる俺の元まで届いてくる。
手元の貸し与えられた長剣を、最後に布で一拭き。小脇に挟んだ凧盾を、左前腕に装着する。
『昨日の騒動の中心のお二人が、この場を借りて、決闘を行います』
どうやらその一言だけで観衆が状況を理解できるほど、昨日の騒ぎは知れ渡っているようだ。
磨き上げた剣を鞘に戻し、これまた貸し与えられた騎士鎧を着込んだ身体を、一度だけ、眺め回す。
問題なし。
『では、両者、前に出てください』
光射す入場口を通り越すと、途端に観衆の声に包まれた。
貴賓席には全国の貴族が集い、その旗の紋章を掲げている。
その集団の中から、一際、強い視線を感じた。練達の武人が放つ気迫に近似したそれは、なぜか俺に懐かしさを喚起させた。
向かいかけた目線を、目前に出て来た騎士に、奪われる。
こうなった、全ての元凶。
意識が刃の如く研ぎ澄まされていく。溢れ出ようとした殺気を、苦労して押さえ込む。
今はもう、俺の記憶の中にしか存在しない、彼女の唯一の忘れ形見。それを俺の許可なく触るばかりか、あまつさえ奪い取ろうとした輩が、目と鼻の先に——。
『決闘を行うのは、上級騎士アルガス・サイードと、マイエ男爵家武術指南役、ライルハート。賭けたものは、二人とも同じく「己の全て」。騎士アルガスはサイード子爵家次男であり、今はハノヴァー侯爵家に仕えています。前回の大会では二十一位と好成績を取りました。対するライルハートですが……』
アナウンスをする声が徐々に遠のいていく。
今すぐ、ぶちのめしてやりたい。
だが、この殺気を解放してしまえば、戦う前から彼が怯えて、戦闘にならないだろう。
今回の決闘において、守るべき事は、ただ一つ。
——正々堂々と戦うこと。
生きていることを後悔するような、そんな目に遭わせてやろう。
それを手土産に、冥府に送ってやる。
『——両者、構えてください』
いつのまにか無駄な長広舌も終わったらしい。
腰の長剣に手を掛けて、一気に引き抜く。シュルル〜ン、と鞘鳴りの澄んだ音。兜は被らない。
身体能力は、一般的な騎士よりは高く再設定する。
彼も兜の面頬を音高く落とし、剣と盾を構えた。覗き穴の目から、興奮の色が垣間見える。藁でも詰まっているに違いない、出来の悪い頭で、俺を伸す場面でも想像しているのだろうか。
知らずに口が動いていた。
「まったくもって、度し難い……」
俺も、そこの騎士も。
どちらも似たようなものだ。己の欲望のままにしか動けない、只の木偶。この私怨に満ちた有様をかつての部下が見れば、失望するだろう。
どこからか、ラッパの音が鳴り響いた。
開戦の合図と共に、互いに円を描くように距離を詰め始める。
盾を傾け、少し隙を作ってやると、剣を振り上げた彼が飛び込んで来た。
「この前はよくも私を辱めてくれたなあッ……!」
アルガスの身体が魔力に包まれている。幾分、身体能力が上がっているだろう。
視界の中、ゆっくりと軌跡を描く剣を見据えて、そこに逆撃を送り込む。
ガィーーン、と、いびつな金属音が撒き散らされた。
彼の、怒りに身を任せた剣撃は止むことがない。
それでは駄目だ、と思う。
いつしか武術を教授してくれた老人も言っていたではないか。
怒りに身を任せてはならぬ、と。
数合、剣を打ち合わせて、悟った。
彼は騎士の中では強いのだろう。だが、彼は騎士として、認めがたい行動をした。強いだけでなく、その力をもって、弱者をいたわり、守る、そのような者こそが、騎士であるのに——。
彼は騎士として相応しくない。
だから、騎士としてでなく、薄汚い盗人として処してやろう。
その瞬間、覚悟が決まった。
袈裟に振り下ろされる白刃を、横に弾き出す。
そして、隙だらけの横腹に、長剣の柄頭を叩き込んだ。
会心の手応え。衝撃が突き抜けたのを感じる。
「ガハッ」
呻き声と共に、彼の兜の隙間から血が滴り出るのが見えた。
構わず、切っ先を、鎧の繫ぎ目に突き込む。刃が肉を刺し貫いていく、生々しい感触。ガツッと、途中で剣身が止まった。これまでの打ち合いで剣が歪んでいたのか。大した傷を与えられなかった。
続けて、剣を抜き、大きく振りかぶった盾で——打ちのめす。
「ガッ」
鈍い悲鳴。身体を支えようとした腕を、蹴り抜く。
そして、関節を、踏み壊す。
「ぎ————!?」
一切情け慈悲遠慮容赦なく、ただただ徹底的に痛めつける。だが、壊しもしない。これからの時間を長いものとするために。
ルーンを宙に刻んで、強制的に眼前の騎士の負傷を癒す。
「いつまでそうしているつもりだ。早く立て」
内に潜む怒りのためか、自分の口調が変わっていた。今はどうでもいい、そんなことは。
ユラリと、怒気を漂わせながら立ち上がる彼と、再度距離を取って、相対する。
次いで、怒りで我を忘れた彼が力任せに繰り出す斬撃を、ことごとく剣で撃ち落とす。
互いの得物が疵付き、歪んでいく。そろそろか。
一際、耳障りな不協和音を奏で、両方の長剣が折れ飛んだ。良い物であれば、曲がるだけで済んだのだろうが、量産の安物では仕方がない。
怒りが醒めてゆくのを感じた。
こんな愚か者に構っている自分が、逆に馬鹿に思えてきたのだ。
——殺すのは、止めるか……。
場外から投げ入れられた剣を受け取りながら、そう思った。
こうして見ると、憤怒に支配された彼は、とても愚かで、醜く、まだ少年だった頃、俺に覚悟を決めさせる要因となった暴君に、その姿が重なる。俺も先ほどまではそうだったのだ。元王として、あるまじき姿を晒してしまった。
これ以上の醜態は見せられない。
「……ここらで、決着をつけよう」
「貴様は絶対に殺すうぅぅぅッ」
もう彼は、聞く耳を持たないようだ。ただその醜い姿を見せつけるだけ。そんな彼に、少しの憐憫を抱いてしまう俺は、愚かしいのだろうか。そうであっても構わない。
彼は、俺に気付かせ、原点に立ち返らせてくれたのだから。
「死ねぇえええええ……!!」
狂気に満ち満ちた叫声と共に振り下ろされる剣身。その剣腹に、そっと盾を添わせ、優しく、力に逆らわず、逸らしていく。そのまま左腕を後方に流し、右手に握るそれを意識しながら、手首を返す。
「終わりだ」
宣告と同時に、右腕を突き出し、横に振り出す。
水袋を叩いたような、鈍い音。
遅れて交差した、自分と彼。
そして、ゆっくりと倒れ伏した————アルガス。
『ライルハートが勝ちました! これは予想外です。あの一瞬の交錯の間に、致命傷を負わせぬよう柄頭で首筋を打つ手腕、まさしく手練。上級騎士であるアルガスを倒す彼は、一体どこで武術を習ったのでしょうか? 気になる所です』
勝って胸を満たすのは、虚しさ。
本当に、無駄なことをしたな、と、今更ながらに感じる。
何せ、全力ではないといえ、力の一端を貴族達に見られてしまった。
おまけに、決闘に勝って、騎士身分まで付いて来る始末。
これから、大変な未来が待っている。
「まあ、でも」
鎧の中、胸の上に確かに感じる、銀時計の感触。それが一度、とくんと、暖かく脈打った気がした。それがまるで、彼女の慰めのようで。
「お前は、守れたから」
そう思うと、今だけは、安らかな心地になれた。
そろそろ、無双シーンを書くべきか…….




