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今日は大会前日ですが……

今回は短いです。

 妖精から不穏な報告を受けて二日後。

 予定通り大会前日の早朝に、現地に到着することが出来た。

 一旦ここで男爵親子とはお別れだ。彼らは貴族のメンツというものがあるので、馬車で半刻ほど行った先の王都の宿に泊まることになっている。

 え、俺? 勿論、現地で一ヶ月に渡るテント生活だ。昔は陣中での長期滞在もよくあったから慣れているのだ。……慣れたくて慣れた訳ではないが。

 馬車から降りて、親子二人と護衛の傭兵達を見送り、慌ただしい周りを見渡す。様々な貴族の紋章が、馬車の扉、従者らしき者の服の刺繍、旗などに見受けられる。

 マイエ男爵家に割り当てられた場所を目指して歩を進める。一応俺は従者として登録されていて、認識票を持っているので、こうしていてもとがめられることはない。

 木材で組まれた観客席で出来た大きな影で、陽光が遮られた。どうやら馬上槍試合の会場用の物らしい。主人のために準備を進める年若い従者が何人もいる。

 朝餉あさげの匂い漂う所を通り過ぎ、各関係者用の宿営地に辿り着く。先に運送されていた資材を組み立て、短時間で大型の天幕をいくつか建てた。


 「仕事は終わり、っと」


 塵芥にまみれた手をパンパンと打ち合わせ、時刻を懐中時計で確認する。短針が正午付近を指していた。炊事場に行けば昼食にありつけるだろう。票があれば無料と聞いた。

 周りの人々を掻き分け、空きっ腹を手で撫でる。


 「お、おい。あんた」


 その中の一人の男が、なぜか俺を呼び止めた。


 「なんだ?」


 「さっきの、それは……?」


 そう言って、俺の胸元を指差す。

 指が指し示す先を目で辿り、何を言いたいのか理解できた。


 「これか?」


 先ほど取り出した物を、鎖を引っ張って取り出す。彼に目を向けると、時計を食い入るように見詰めていた。


 「まさか……時計……どこで手に入れた?」


 「婚約者からの贈り物だが?」


 俺の回答に男が絶句した。何かおかしな事を言っただろうか……? まあ、今更というかんじだが。固まったままの彼を避けて、当初の目的通りに炊事場を目指す。

 そんな時だった。


 「おい、貴様。そこで止まれ!」


 声と共に、巻き込まれたくない、とばかりに周囲の人が遠ざかっていく。

 その元凶を振り返って、視界に納めた。


 「なぜ従者ごときが帯剣しているのだっ」


 歩み寄って来たのは、一人の騎士。

 溝が付いた、所謂いわゆる、フリューテッドアーマーを着込んだ、まだ若そうな青年だ。職務に忠実なのは良い事だが、もう少し注意を働かせて欲しい。


 「俺、いや、私は武術指南役ですが……?」


 思わず口が滑る。

 部下を持った事はあっても、仕えた事はないので、敬語は苦手だ。

 騎士の目に、少しの怒気が垣間見えた。


 「確かに、それならば帯剣は許されているが……」


 「ですから、早く放してくれると嬉しいです。腹が減りすぎて、ヤバい」


 面頬が上がった兜の奥の顔が、いい感じに歪んだ。こめかみが引き攣っている。


 「貴様、俺を愚弄するかっ……!」


 「あれ」


 ちょっとやり過ぎちゃった、かも? そこまでからかうつもりはなかったのだが。

 ガシャガシャと鎧を鳴らして彼が俺に近付いてくる。

 そして、胸ぐらを掴み上げてきた。懐中時計の鎖が音を立てる。


 「今ここで、貴様を斬り捨ててもよいのだぞっ!!」


 いつのまにか増えていた群衆が、騎士の言葉にざわめきたつ。

 

 「貴族は、そんなに偉いものでもないんだが……」


 呟くように漏れ出た声に、騎士が目をいた。

 俺の言葉が、この貴族を侮辱しているとでも思ったか、彼が俺を両腕でつり上げた。胸元のボタンが弾け飛ぶ。それと共に、時計も地面に転がり落ちた。

 騎士の目線がそれに向かう。


 「平民がこんな物を……そうか。貴様は没落貴族か」


 おっ。何を勘違いしたのか、なんだか落ち着き始めた。どうやら穏便に済みそうだ。

 そんな俺の想いも、僅か数秒後には変わらざるをなかった。

 騎士の瞳に、嗜虐心が満ち満ちていたのだから。


 「貴族の面汚しめ。こんな物は平民の・・・貴様には相応ふさわしくない。ありがたくも、私が使ってやろうではないか」


 そう言って、彼は時計に手を伸ばした。

 

 ——断じて赦せる事ではない。


 もう、今は亡き、彼女・・の唯一無二の形見なのだから。

 気が付けば、右手に剣を持ち、剣尖を首筋に突き付けていた。

 周囲に沈黙の帳が降りていた。

 それはそうだろう。

 只の平民が騎士に剣を向けたのだ。

 だが、俺を公権力になど縛れるはずもない。


 「…………っ」


 騎士が唾を飲む僅かな音が耳に届いた。

 彼が硬直している間に、時計を拾い上げる。


 「お前達っ、何をしている!?」


 群衆の輪の向こうから声が響いた。巡回任務中の騎士だろうか。ようやく人々を掻き分けて来た三人の騎士が、一旦驚いた後、すぐさま俺と彼を引き離す。

 自分がした事に後悔はないが、他の人に迷惑がかかるのは見過ごせない。いや、既に迷惑をかけているか…….

 とにかく、面倒な事になってしまった。

 今回ばかりは、自分の運のなさが恨めしくもある。

 少し、覚悟を決めておこう。


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