旅路の途中で
閑話的なものです。
音を立てて馬車が止まった。
王都まで後二日の距離。近くに人里がないので今晩は野宿になる。
男爵親子二人よりも速く、結果、従者の仕事を奪うことになってしまったが、馬車の扉を押し開け、いち早く外気を肺腑一杯に吸い込む。
「空気が美味いな」
目に入る所に、生態系が豊かそうな森がある。そこの樹々が美味い空気を作り出しているのだろうか。分かる範囲でも兎、数多の蟲、なぜか妖精の気配まであった。
「はて?」
少々腑に落ちない。
確かにこのような森に妖精が住むことは特段珍しくないが、ここまで人の生息域に近い——いや、含まれる範囲にいることはない。何よりも、妖精の気が乱れている。戦闘を行ったとは考えにくい。それよりも、疲労の気配が濃厚だ。
何となく状況が読めた。
「まあ、どうでもいいか」
だからといって、何かする訳でもない。
精霊神ですら俺の敵ではないのだ。警戒する気さえ起きない。
「ライルさん、あの森の近くにテントを張ろうと思うんですが……」
いつのまにか傭兵の一人、確かダイドといったヤツが話し掛けて来ていた。
「あぁ、そうしてくれ」
適当に返事をしておくと、彼はすぐに仲間の所に取って返した。
彼らは傭兵にしては殊勝な態度を取っている。その態度に免じて、設営の準備を省いてやろう。
始原の地に赴いてまで取って来た、永遠に燃える「薪の魂」を、野営地の東西南北に篝火として、同時に魔法結界の要とする為に、意味ある形に敷設する。
そして、「最初の火」を、篝火の灰に灯す。
これで、古代から生きた竜でもなければ突破できない結界の出来上がり。
にわかづくりだが、ないよりはマシだ。
「師匠、天幕の設営、終わりましたよー」
離れた所からジャックの声が飛んで来た。
「寝るにはまだ早いから、そこの森でも散歩してくる」
返答を返して、森を一通り眺める。既に月が、空に昇っていた。
妖精のことが気になる。よほど気が焦っているのか、気の乱れが尋常ではない。
中空に描いたルーンを弾き、明かりの光球を作り出す。それを引き連れ、俺は森へと踏み出した。
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鬱蒼と茂る樹々の間。そこを暖かな光が照らし出していく。同時に、吹き付けるような威圧感も、森全体に駆け巡る。
それは、絶対覇者の訪れを、又は、救済の先触れを感じさせる。
世界は悟るだろう。
彼が戻って来たのだと。
地上界の生きとし生けるもの全てにとっての害悪を齎す邪神を身一つで打ち破り、巨大な悪竜を地に引き摺り下ろし、魔界の門を閉じた者。
世界を熾した火を燃え上がらせ、地上に黄金郷を築き上た彼は、名が消え去るほど時が流れさってさえ、その偉業が伝えられる。
まさしく英雄の名にふさわしい者だ。
しかし、そんな彼は今——
「ふえっくしょい」
——寒さに身を震わせ、くしゃみをしたところであった。
「ちょっと肌寒いな」
呟きながら、歩を進める。森に入った途端に気温が変わった。そのせいで、普通の人と同じほどに身体能力を抑えている今では、寒く感じているのだ。
寒いままは嫌なので、身体のリミッターを限定解除した。
そんな時、目先の樹の裏から、小さな人影が飛び出して来る。
「あの、この世で最も尊き、いと高き場に座します偉大なる御方……」
出て来た……妖精だ。
汚れはないものの、慣れぬ長旅で身体が疲労しきっているように見える。
小さな身体を精一杯に使って、俺への敬畏を表していた。
「いや、そんな畏まらなくてもいいから」
どうやら、俺の伝説の一端しか聞き齧ってないようだ。でなければ、こんな低姿勢をするはずがない。
「ティターニア様からの、伝言が、ございます」
俺の言葉が華麗にスルーされた。凄く、硬い言葉遣いである。
妖精女王からの伝言を簡潔にまとめると、挨拶と、最近の事柄の報告、それに、人間界での妖しい動きについてだった。
非常に面倒な事態になった。
あの七賢帝国が、他国に秘密裏に兵を集めているらしい。どうみてもどこかの国家に戦争を仕掛けるつもりである。
問題は、その何処ぞの国に宣戦布告をするつもりがなさそうなところだ。
七賢帝国は、その名の通り、七人の帝に治められている。そしてその帝は、全員が俺と同じく神人と聞く。だが、俺の時代ではその名を聞いたことがない。俺よりも後に生まれたのだろう。
「ティターニアに伝えといてくれ。有益な情報だった、と」
小さな羽妖精は、空中に浮かんだままペコリと頭を一度下げ、どこかへと飛び去っていった。
帝国に関してだが…………
「まあ、様子見しかないよな……」
現状取れる方法はそれしかない。消極的だとは自分も思うところだ。
仮に、だ。
もしも、その矛先が俺に向くのならば。
——俺は容赦などしないだろう。
今の平穏を壊させたりなどしない。
敵対するならば、あの力を使うのも厭わない。
「もう、失いたくないんだ」
妖精が残した、僅かに漂う光の粒子を掻き乱しながら、俺は踵を返した。




