さあ若人よ 旅立ちへ
魔剣であるクラッソスを右手のみで青眼に構える。途端に発せられる独特な音、剣身から放たれる蒼き余剰魔力。
前方に立つ少年は、両手で長剣を構え、固唾を呑んだ。
「お前がどれだけ成長したか、見せて貰うぞ」
「はい、師匠」
無駄を一切排した動き。残像が見えるほどの高速で彼に迫る。しかし、彼の目は俺を捉えて離さない。力むことなく剣を振り上げてくる。衝突する剣。弾かれる彼。彼は慌てることなく、足先から綺麗に着地を果たした。
再度迫る俺と、幾度か剣撃を交わす。そして、鍔迫り合いに。
彼の持つ長剣は既に刃毀ればかり。当然だ。只の剣がこれほど魔剣と打ち合って、姿を保っているほうがおかしい。
手加減したとは言え、俺の技量で振るわれた魔剣相手に刃毀れだけで済んだのは、ひとえに彼が成長したということ。
剣を横に弾いて、大きく距離を取る。
彼に話し掛ける為に、口を開こうとして。
俺を探るような気配を一瞬感じた。
気のせいか、と思われるほど、今の気配は薄かった。
どこかの誰かが俺を見張っているらしい。
まあ、構いはしない。時間の無駄だ。
視線を元に戻す。
「……ジャック。今から少し本気になるぞ」
唾を飲む音が聞こえてきそうな顔。緊張の度合いが上がったようだ。
剣を、片手から両手に持ち替える。
気合——いや、殺気を剣先に込め、迸らせる。
それでも少年は、彼は逃げなかった。
今までの円を描くような優雅なものから、直線的で無駄のない、しかし、洗練されたとは言いがたい足運びで、ジャックに迫る。ただ、殺すために。
必死の形相で剣を下段に回す彼。一応、剣の軌跡が見えているらしい。
振り上げていた剣を、手首を返して、上段からの斬撃に変化させる。
そして、そのまま——
「終わり、だな」
肉を斬り裂くことなく、魔剣が、肩の上で静止した。
彼の目が下方を向いたままだ。最後の切り返しが見えなかったようだ。しかし、見えていれば、この少年が達人と渡り合える技量を持っていることになる。流石に数週間ではそこまでいけるはずもない。
剣を肩の上から降ろして、鞘に落とし込む。
ジャックがとても深く息をついた。
「……殺されるかと思いました」
「うん。実際殺すつもりでやったから、その言は正しい」
「うぇっ。ほ、本気だったんですか!?」
心底驚いた風に慌てふためく。そんな彼の背を、屋敷の方向に軽く押して、自分は門の方向へ。敷地を出ようとして、少し離れたジャックに身体を向け直した。
「ジャック」
呼びかければ、すぐさま少年が振り返る。
「はい?」
「強くなったな。これなら大会でも十分通用するだろう」
ひとつ、言い残して、宿に続く道を歩く。背後から何か聞こえた気がした。
明日はこの街を発つ日だ。一週間近くかけて馬車で向かう今年の会場は、王都郊外の空き地を整備したものらしい。商売の機会を窺っている若手商人の出店も出るだろう。どんな料理を味わえるのか、今から楽しみだ。
考えたら腹が空いてきたので、途中の酒場で昼飯を取る。
それでも治まらない腹を抱え、宿の手前に戻ると、タイミングよくレオーラを発見した。
それと同時か、彼女の方も俺に気付いたようだ。
「おっそ〜〜い! どこほっつき歩いてたのっ」
「いや、違うぞ。仕事だ仕事」
訝しげにこちらを覗き見る。
「仕事って、何?」
「ここの男爵家長男、ジャック様の武術指南だ」
え、何それ? という顔付きである。全くもって失礼なヤツだ。
雇われた理由をそれとなく語って聞かせる。
「大会にも付き添うつもりだ」
「……帰ってくるんだよね?」
勿論、とばかりに盛大に頷いておく。そうしないと面倒くさそうな気がしたからだ。勘を侮ってはいけない。女をほっぽっておくのもいけない。でないと、危険な目に遭う。
「まあ、大会は長期に渡って続くけどな。一ヶ月ぐらい」
「長いっ」
ギャーギャー喚く彼女をいつも通りあしらい、自室で目立つ鎧を、皮革製の物に変える。これでずいぶん目立たなくなった。が、その革でさえ上位の竜の物であったりする。悲しいかな、手持ちに普通の物は一切ないのだ!
部屋を出ると、まだレオーラがいた。
「何か、用か?」
尋ねたところ、顔を一度俯けたが、すぐにこちらを見上げた。なせかその頬が、少し赤みを帯びているように見えた。
「あの、鍛錬に付き合ってくれない?」
「まあ、いいけど……」
いきなりなんだ。そう出掛かった言葉を飲み込む。
いつになく静かな彼女の後に続いて歩くと、ギルドに向かっていることが察せられた。実際、少し行くうちに、ギルドの裏手の壁に設けられた扉が見えた。
その手前でレオーラがこちらを見た。
「そういえば言ってなかったけど……助けてくれて、ありがとう」
一瞬疑問に思ったが、どうやらずいぶん前助けられたことについて、御礼をしていなかったことを気にしているらしい。俺は特段気にしてなどいないのだが。
「ボクに、何か出来ることがあったら言ってね」
「ん。分かった」
返事を返した時には、彼女は既に扉を潜り抜けていた。
小さな背を追って、裏庭に入る。そこには見知った顔がいくつかあった。真面目な冒険者は暇さえあれば鍛錬をする。強くなるために。何より、生き残るために。
他の者から適度に距離が空いた場所で、少し離れて対峙する。
レオーラが腰の二振りの短剣を、どちらも逆手に持って、低く構えた。
「剣を変えるから、ちょっと待ってくれ」
言葉を掛けながら、中空に突き出た柄を握り込み、一気に引き抜く。
現れたのは、曲剣。俗にシミターと呼ばれるもの。
これも、只のシミターではない。使用者が願えば、炎を吹き上げる魔術剣の一種だ。持ち主の魂の強さに応じて、段階的に炎の威力が上がり、俺が使うと竜革ですら焼き切ってしまう。
こういう危険な物しか俺は持っていないのだ……
「よし。いいぞ」
曲剣を持つ右手を下段におき、右半身になる。
普通に使う限りでは、この曲剣はとても頑丈なだけに過ぎない。今回のような訓練には最適だ(あくまで俺の所有品のなかでは、だが)。
じりじりと彼女がにじり寄ってくる。そして飛びかかってきた。
まるで山猫のような身のこなしだ。
ゆっくりと剣を振り上げてみるが、案の定あっさり弾かれた。半瞬後には残った片方の短剣を、顔面を狙って突き出してくる。紙一重で止めるつもりなのだろうが、些か俺を舐めているようだ。
重心を移しながら、右足を後方に回し、眼前を通過していく右腕を引っ掴む。そのまま回転運動に巻き込んで、軽く地面に投げ、組み伏せた。
「——かふっ」
レオーラの息が抜ける音が聞こえた。手加減して投げたので、それほど痛くなかったはずだ。力の出力を間違えていたら、今頃彼女はミンチのようになっていただろう。
声をかけながら身体を起こし、レオーラを解放する。
「大丈夫か?」
「う、うん」
すぐ近くの顔が凄く赤く染まっていたのが少し気にはなったが、それより手を伸ばして、彼女を引き起こす方が大切だ。
実はこの時、ライルの息吹と囁きがレオーラの耳に掛かっていて、感じていたりするのだが、本人はまったくもって気付いていなかったりする。
それに加えて、彼自身はいつも気に留めていないが、絶世とは行かないまでも結構な美貌の持ち主だということも加味しなければならない。
彼こそが、罪作りな人、と呼ばれるのだろう。
とにもかくにも、閑話休題。
その後、呼吸を落ち着けた彼女と数回試合をしたが、全部俺の勝利で終わった。まあ、当たり前と言えば、それもそうだ。
二人で夕食を食べて、一人宿に戻り、寝台の上で大会について思いを馳せていると、眠くなっていたのだろうか。自身でも分からないうちに意識が優しく闇にくるまれていた。
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翌日——
いつもの時刻に起きた俺は、洗顔を済ませ準備を終えた後、男爵の元に向かった。勿論、宿はしっかり引き払ってある。
屋敷には既に馬車が三台用意されていた。三台のうち二台は、どうやら護衛を乗せるための物らしい。その傍には、既に準備を終えた男爵の親子がいた。
「おお、ついにこの日が来ましたな!」
「男爵様、まだ大会は始まっていませんよ」
興奮しているカイゼル髭を落ち着かせ、親とは反対に幾分か静かなジャックと頷きを交わし、馬車に乗り込む。貴族が乗るだけあって、席が革張りだ。
扉を従者が閉めると、少し経って馬車が動き出した。
街道を走りながら、窓から見慣れた光景を眺める。それもすぐに、どこまでも続く草原と、点在する森林の風景に取って代わられた。
武闘大会まで、あと十六日。
そこではどんなことが待ち受けているのだろうか。
「デメテル。お前の言う通り、この時代、中々に興味引かれるよ」
呟きは、男爵の喧騒に溶けて消えていった。




