今度は師匠である
「ふむ、君が……」
端的に言って、すごく居心地が悪い。
裕福そうな身なりの男に呼び止められて、連れてこられたのは、レリクの中心に建つ貴族の屋敷。その応接間に今、俺はいる訳だが、侍女が紅茶を置いたきり戻る気配がない。そのおかげで、この屋敷の主の、メスリー・ド・マイエ男爵様とさしで向かい合っている。彼の目的も分からぬままに、だ。
俺から話を振る訳にはいかない(身分的な問題で)。だから待つしかないのだ。
「君の名を教えてくれないかね?」
使者はともかく、主人は礼儀をわきまえているようだ。
いつもならライルと名乗っているが、今回はきっちりいこう。
「……ライルハートです。平民ですので姓はありません」
色々と状況がおかしい。何処の馬の骨とも知れぬ俺を武装させたまま、こうして仲介もなしに話をする貴族など普通はいない。
「貴族ではないのかね……?」
「亡命したのでも、没落したのでもありません。自分は正真正銘平民です」
「その割には貴族の、いや、騎士の礼を知っているようだがね」
す、鋭い! 確かに以前は騎士を率いる王だったが、今は平民なのだ。答える言葉はないのだ。知らぬ存ぜぬなのだ……! だから、それ以上追及しないでくれ。ボロが出る。
「まあ、それは比較的どうでもいいのだよ。……君に、一つ頼みたいことがある」
「それは……?」
男爵が、少し前屈みになった。
立派に蓄えられたカイゼル髭が揺れる。
「息子の、武術指南をしてくれんかね。もちろん金は出す」
「…………は?」
よく、分からない。唐突すぎる。それに、金はいらない。腐るほどある。
「なぜ?」
思わず言葉遣いが荒く、元通りになってしまった。
男爵はそれを咎めることなく、語り始める。
「そろそろ、この国では騎士の祭りが開催される。殆どの貴族が参加するものだ」
その祭りに関しては聞き及んでいる。
彼がヒゲを指で摘み、軽く弾いた。
「三百年ほど続く伝統ある祭りでな。騎士たちが己の武勇を競うものでもある」
このレイザルド王国の貴族は騎士であり、有事の際、例外なく従事することを求められる。この国の貴族は文官、武官、どちらも兼ねる存在。戦の際、後方で指揮を取るとは言え、率いる者が弱くては矜持を示せない。故に、日時、貴族たちは仕事の傍ら、鍛錬に励む。
その結果を示すのが、騎士たちが集う「王国武闘大会」であるのだ。
「それに息子のジャックが参加するのだが、如何せん腕がな……」
ジャック・ド・マイエ。レリクを治めるマイエ男爵家の長男。真面目で聡明、臣民の信頼篤く、気概に溢れ、将来は領主として大成するのは確実。しかし武術一般の腕前が酷く、貴族社会では時折馬鹿にされる。それを親としてどうにかしたいと、常々思っていたようだ。
「そんな時、街に凄腕の冒険者がいると聞いたのだ。それも他の貴族との関わりは一切なく、勧誘されていない。それならば、と。今回君を呼ぶことに相成った訳だ」
回答は? と、髭面が迫り来る。むさい男の顔など別に観賞したくもないので、身体を後ろに引く。ただし、ヒゲはご立派ではあるが。
「まあ、特に何かある訳でもないので、お受けします」
「ついでに、騎士にならないかね?」
うん? 最下級の騎士爵でも貴族は貴族。男爵以上の者でなければ、叙することは出来ないはずだが。あ。このおっさん男爵だった……!
「君の討伐結果は見せて貰った。今代の国王は才能ある者を惜しみなく取り立てるから、これだけあれば他の者に文句は言われまい。なにせ飛竜を一人で、しかも無傷で倒したのだからな。これほどの実績をなぜ秘密にするようギルドに頼んだのか、逆にそこが気になる」
一枚の羊皮紙を取り出し、目の前でヒラヒラと揺らす。
あれっ。ギルドには公開しないように頼んだのに!
「討伐の記録は本人が許可せずとも貴族ならば閲覧できるのだよ」
なに!? そんなことが……。
まあ、いい。これから気を付ければいいのだ。
とにかく、貴族などメンドクサイものになるつもりはこれっぽっちもない。
ないったらないのだ!
「それは勘弁してください」
「むう、仕方あるまい。強要はできぬしな」
そう言いながら呼び鈴を手に取り、軽く打ち鳴らした。
扉が開き、出て来た執事らしき人物に何言か伝える。
「これからジャックが来る。顔合わせしておかなくてはな」
そんな訳で、俺は武術指南役になったのであった。
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父とはまるで違う実直そうな顔を赤くしながら、ジャックが長剣を打ち込んでくる。
それを木剣で払って逸らし、衣服の上から加減して腹を叩く。
「ぐぅ……!」
あの後挨拶を交わし、宿に戻って、今日から早速仕事が始まったのだ。朝食を食べたばかりで、正直動きたくない。
俺だけ鎧を着けているが、保険みたいなものだ。魔鋼で造られたこれは、並大抵の攻撃を無傷で弾き返す。それを伝えてあるので、心置きなく彼は剣を振るえるのだ。
めげずに再度打ち掛かって来る。確かに気概に溢れているのだが、学習能力が低いのではないかと言いたいほど、ただ愚直に刃引きされたロングソードを振り回すだけ。
これでは話にならない。
木剣を剣腹に添え、巻き取って打ち払う。
長剣がほぼ地面と垂直に飛び、離れた樹の奥深くまで突き刺さった。
「まあ、確かによく鍛えてあるが、身体も剣も使い方に無駄が多すぎる」
「はいっ」
樹に刺さった剣の所に向かって歩きながら、彼の返事を背で受ける。
深く刺さった剣を引っこ抜くのは一苦労するはずなのだが、面倒いので、常時身体に掛けているリミッターを解除し、神人の能力を遺憾なく発揮する。
柄を片手で掴み、軽く引く。簡単に抜けた。
「だから、それを直せばそこそこ強くなる」
後ろの弟子にそれを手渡す。
「はいっ、師匠!」
こいつは貴族で、俺は平民。いくら俺が年上とは言え、従順すぎる。まあ、激しく反発するよりかは幾分マシではある。ただ、時には疑問をおぼえることも必要だ。それを経て、人は一人前になるのだから。
「今のでだいたい癖は分かった。これから俺の言った通りに剣を振れ」
「はいっ」
「まずは、大上段からの振り下ろし千回」
「はいっ」
ここは普通逆らうでしょう!? 言った途端に始めやがった……。
十六歳の若き身体全身を使って剣を振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。馬鹿になったように剣を振り下ろし続ける。そして七百回を過ぎた時点で、腕が上がらなくなった。
「師匠、すみません……」
「気にするな。元から出来ると思っていない」
生半可な鍛錬をしていない。初回ならばせいぜい三百がいい所だ。血が滲むような努力を重ねたのだろう。これ以上は鍛えてもあまり意味はない。後は時が解決してくれる。
「剣の柄、力一杯握るんじゃなくて、包み込むようにしてみろ」
「こうですか?」
「そうだ。で、あてる時だけ強く握れ。防御する時も同じだ」
剣の基礎と言っていい持ち方。様々な剣に合った握り方があるが、基本的には変わらない。何もしない時は軽く掴むだけでいいのだ。なにせ、何もしないのだから。持っているだけで事足りる。
疲れているので剣は振れないが、教えることは沢山ある。教授と実践の繰り返し。
遠い昔、同じように育てた騎士の姿が、彼に重なる。
褒めるべき所は褒め、間違いは正す。そうこうしているうちに、いつのまにか昼飯時になっていた。以外と熱中していたらしい。
用意された籐籠から敷布を取り出し、木陰に敷く。そこに座り込み、具材を挟んだバゲットにかぶりつく。
うむ。うまい。昔は飯が不味かったのを思い出す。もっと美味ければ、あの時俺たちは勝てていたかもしれない。美味い飯は活力を兵に与えるのだ。
「師匠。大会まで三週間ほどですけど、大丈夫でしょうか?」
「…………何とかなるだろ」
「今の間はなんですかっ!?」
なんとかしてみせる。男爵様に約束したのだ。
大会で開催される種目は四種。
徒での剣一本、鎧ありの一騎討ち。
それに盾を追加したもの。
同じく徒の、槍と鎧のみの一騎討ち。
最後に、馬上槍試合。
どれか一つでも参加すれば、メンツは保てる。
しかし、それでは生ぬるい。どうせなら、全部制覇するつもりでいくのだ。
だが、盾ありの徒戦は止めた方がよさそうだ。
ジャックの集中力が高く、剣一本ならばよい方に作用するのだが、盾を追加した途端、動きが悪くなったのを、ついさっき確認したのだ。一つの事しか考えられないらしい。これは経験を積むことでしか解決できない。
試合での疲労度を考慮すると、二種目に絞った方が良さそうだ。
そんなことを弟子に話し、結論を伝える。
「今回の大会、お前は剣のみの一騎討ちと、馬上槍試合にしておけ」
「はい」
「今日はここまでだ。今からは馬術の練習をするぞ」
「はい」
馬上槍試合は技術的なものを教えることしか出来ない。実践すれば高確立で怪我を負う。専用の的を使った教練しか方法はないのだ。
屋敷の庭に設置されている回転的を使って、腰の捻りによる槍の威力増強、射程を伸ばす方法を叩き込む。幸いに、ジャックは馬に好かれていて、事故の可能性は低い。
馬術は得意らしく、馬を乗りこなす様は一流の騎士のようだ。騎兵槍の扱いさえ上達すれば、いい所までいくかもしれない。馬上槍試合で優勝を目指すべきだろう。
練習を終えて、至らぬ点を指摘し、宿に戻るため屋敷の敷地を出る。
「あ〜、疲れた」
戦闘作法が騎士道に昇華するほど、この世は平和だ。遠い東方では遊牧民と頻繁に争っているようだが、ここら一帯、二百年ほど戦がない。遠き昔に目指した理想は、ここにある。だがそれも、仮初めにすぎない。いつの世も争いばかりだ。西に国境を接する大国、七賢帝国に邪神の気配が渦巻いている。そう遠くないうちに、戦争が起きるだろう。
せめて弟子を、戦場でも生き残れるようにしておかなくては。
それが師匠の務めなのだから。
かつての部下のようには、させない。
俺は静かに、そう決意したのだった。




