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この夕暮れの下で

 寝間着のまま窓から差す朝日の中で、常人には見えない、妖精の舞踏を見詰める。

 昔は居城でよく眺めた。どれだけ時が流れようと、変わることはない光景。

 霊格が高くなった俺は、見ようと思えば精霊ですら見ることが出来る。

 バタバタと何か——いや、誰かが階段を駆け上がる音がした。

 現実に引き戻されて、眼に集中させていた魔力を拡散させる。

 音源が近付いて、扉の前で止まった。

 その瞬間だけ、朝市を開く商人たちの立てる音が聞こえた。

 コンコン、とノックで扉が僅かに揺れる。


 「ライル、ボクだよー!」


 「っ、少し待て……!」


 レオーラと言えど淑女だ。騎士としてこの格好は見せられない。

 ベットから跳び起きて、肌着と鎧下を来て、中空に指をピンッと突き立てる。

 この時点で、俺は、今がいつの時代なのか忘れていた。

 身体の魔術回路を励起させ、指先に魔力を集める。

 宙にルーンを刻み、最後に指で弾く。

 ルーンの文字が示す意は「引寄」。

 願い乞い、思い描くは鈍色の騎士鎧。

 首より下が魔の光に包まれ、煌めきが弾ける。

 現れたのは、ドワーフのたくみが鍛えた上げた魔鋼の逸品。

 壁に立て掛けてあった白銀の長剣クラッソスを引っつかみ、ドアを開ける。


 「ふわ〜〜〜」


 あっ、と気付いても、時既に遅し。

 変な声を出しているレオーラを見て、自分が王でなく、冒険者であることを思い出した。であるならば、この格好はそぐわない。どうみても一介の冒険者が揃えられる武具ではないのだ。

 

 「なにその剣〜!? どんな素材で造られてるのっ!??」


 「……そこから尋ねるのか」


 ある意味彼女らしい質問だ。

 場所は違うが、いつものように短い栗毛が跳ねる様を見て、自身が落ち着くのを感じた。

 いっそのこと、開き直ることにしよう。


 「それと君、やっぱりどこかの貴族なの?」


 「それについてはノーコメントだ」


 答えられる訳がない。話せるような物ではないし、たとえそうした所で、信じては貰えないだろう。そもそも俺には話すつもりがない。


 「コホンッ。それで、何の用事で来たんだ?」


 「あっ、そうだった。ねぇ、パーティー組んでくれない? うちのクランの二人が怪我してて人数が足りないんだよね」

 

 騎士たる者、淑女の頼みを聴くべし。

 流石にクランへの加入は認められないが、これぐらいなら、俺でも了承できる。出来てしまう。

 昔、爺さんに言われたことが今の俺を縛るとは、夢にも思わなかった。

 選択肢は一つのみ。首を頷く他になかった。



 ——————————————



 

 「ねえ〜、いい加減教えてくれない?」


 「むぅ、それは無理だなあ」


 時刻は昼下がり。先ほど魔物相手に見せた剣の切れ味が、レオーラは気になってしょうがないようだ。実際のところは、俺の集めた財宝の宝剣の中ではそう大した物ではなかったりするが。あくまで腕が良くないと、どんな名剣でも、なまくらになる。

 彼女の隣でそれを眺めて苦笑する青年ヘンドリックが、このクラン「緑光」のリーダーを努めていて、円盾と片手半剣を携えた万能型の戦士だ。


 「ライルさん、すみません。いつも迷惑をかけているようで」


 「いえ、気にしてませんから」


 初対面から五時間が経つが、彼と良好な関係を築けたように思える。会話から敬語が抜けないのは、俺のせいだろう。彼らから見れば、どこかの貴族なのだ。下手に関わるとろくでもないことになる、と、思われても仕方がない。

 その証拠に、緑光の他のメンバー、男二人は、俺から距離を取って付いて来ている。むしろ、俺を遠ざけない者の方が珍しいだろう。

 騒いでいたレオーラが、ふと、何かに気付いたのか、耳をそばだてる。

 そして、ある方向に指を向けた。


 「あっちから羽音が聞こえる」


 指差した方向に、意識を集中させる。

 確かに、レオーラの言った通り、空気を高速で切り裂くような音が来ている。

 この特徴的な音。間違いない。


 「——魔蟲だな」


 「えっ、この距離で分かるの?」


 後ろの二人が慌て、それぞれ槍とメイスを構える。

 

 「魔蟲って、逃げた方が……」


 その二人のどちらが愚痴を零したのだろうか。


 「たぶん狙われてる! 逃げても無駄になる。迎え撃つぞ……!」


 ヘンドリックがリーダーらしくげきを飛ばした。装甲の薄いレオーラは下がったようだ。代わりに自分が抜剣しながら前に出る。


 ビイィィィィィィィィンッ


 空気を切り裂く羽音が森に響く。かなり近い。

 魔力を身体に流し、僅かだが身体能力を上げておく。

 魔力を持つ者ならば、誰もが訓練すれば出来る芸当。この技術は魔力強化と呼ばれるが、厳密には魔術ではない。「魔力を消費し、現象を変化させる」ことが、魔術なのだ。

 予測に合わせ、身体の軸を中心に、回転しながら踏み込む。右手で握った革巻きの柄に左手を軽く添え、前進の勢いと遠心力をすべてのせた剣身が右上に上がりきった瞬間——眼前の木陰の茂みから、蟲が姿を現した。それを認識した半瞬後には、剣が打ち下ろされている。

 空に光の線がひとつ浮かんだ。

 身体の左右を、蟲の半身がそれぞれ転がっていった。


 「ふぅ」


 確認はしていたが、少し腕が鈍っている。刃筋がしっかり立っていなかった。


 「あれっ、ボクの目がおかしいのかな? 魔蟲が一撃で倒れる訳がないのに」


 レオーラが目をしきりにこすっている。

 ヘンドリックは呆然としているようだ。


 「あれが、斬撃なのか…………?」


 よく分からないが、どうやら自分が彼らの常識を破壊してしまったようだ。それほどおかしなことをした覚えはないのだが……部下の騎士には朝飯前だったのに。

 振り返った後方の二人は、何やらブツブツ呟いている。


 「鋼より硬い魔蟲の殻を斬りやがった、だと」


 「信じられん…………」


 「冒険者やめようかな……」


 「おれ、故郷に帰ろ……」


 まあ、どうでもいいか。

 内臓を搔き出した甲殻を、収納空間が拡張されたポーチに仕舞ったように見せかける・・・・・。魔術で構築した別次元の空間の存在が知られたら、俺の正体が万が一にもばれてしまうかもしれない。かき集めた宝物には呪われた物品もあるのだ。色々な意味でアブない。超危険だ。


 「う〜ん、この辺は魔蟲の生息地じゃないはずなんだよね〜」


 レオーラは不可思議そうだ。

 確かに、彼女の言う通りなのだ。

 魔蟲は、かなり南のアルスーフ湾岸以南にしか生息しない。

 なぜ、ここにいるのか……?

 餌を求めて飛来した? それとも、住めなくなった……? いや。だとすれば、何らかの兆候が人の口に上っているだろう。また、人も住めなくなっているはず。そのような風の噂は届いていない。

 あの邪神には、このようなことは起こせない。人をかどわかすのがせいぜいだ。

 そもそも神々は、地上に過度な干渉は原則として禁じられている…….

 俺が眠っている間に、ずいぶんと世界は変わった。

 国の名残はなく、あの日々も伝承として伝わるのみ。

 先の大戦と言われるものも、よく分かっていない。ただ千年前、そのせいで様々な種が滅んだことは確かだ。

 とりあえず、四人を落ち着かせ、その後も狩りを続けて、かなりの戦果を上げた。金になる物は唸るほどあるが、あって困る物ではない。

 街の西門を潜ったあたりで解散し、それぞれ散っていく。

 レオーラはついてこようとしたが、許すわけにはいかない。一度そうすれば、どこまでも付け上がってくる。

 家に帰るよう追い払って、日が射す方を振り返った。

 門の形に切り取られた夕日に染まる景色が、あの時と重なった。

 倒れた騎士、冷たくなった部下の身体、草原を紅に染める血、突き立てられた剣槍、黄昏——すべてはっきりと脳裏に焼き付いている。

 死の丘の頂で地に聖剣を衝き、理想の終焉を見た。

 哀しかった。

 苦しかった。

 何より、痛かった。


 「…………」


 胸の奥で未だに疼いている。

 夢に見た黄金に煌めく救済の聖剣。

 最後の時まで俺の傍にいてくれた。

 今の俺に扱うのは無理だろう。

 理想は燃え尽き、灰と成り果てた願望がくすぶる俺が、到底扱ってよい物ではない。

 それに、既にその剣は泉の底だ。

 夢の余韻に浸り、遠き過去を想う。

 剣を握っていた手。それを握り込んだ。

 あの泉に沈めた剣は、応えてはくれまい。

 あくまで、救済の聖剣なのだ。

 自身のために生きる今の俺では、扱うことは出来ないのだ。

 

 「だけど、なあ……」


 もう一度、夢の続きを見ていたい。

 しかし、人はどこまでも愚かだ。互いに意味のない争いを続けている。一致団結し、自然の脅威に立ち向かうことが出来れば、今より遥かに豊かな生が約束されているというのに。

 勿論、叶うことのない願いを、いつまでも抱えている俺も愚かだ。

 だが、捨て去ることが出来ようか…………?

 いや、絶対に出来ない。

 それが、俺のすべてなのだから。

 

 「生きているから、な……」


 逝ってしまった者たちに示しがつくよう生きねばなるまい。

 今の俺に行うべきことはない。


 「そこな君」


 どうすべきか。


 「聴いているのかねっ!?」

 

 「あ?」


 どうやら話し掛けられていたようだ。

 少しばかり注意を欠いていた。


 「なん、でしょうか?」


 その男の姿を見て、一瞬声が詰まった。

 平民ではない。金のかけられた服装だ。貴族なのか。


 「マイエ男爵様がお呼びだ。屋敷に来い」


 なんだか、とても嫌な予感がしたのだった。

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