深淵
『セインドル、技のみで魔物を倒せると思うか?』
昔、ふと疑問に思って、そう尋ねたのだったか。
側近の七世騎士の一人、聖剣アルバを託したセインドルの応えも、はっきりと思い出せる。
それは無理です、心技体が揃って初めて倒す事が出来るのです、と。
確かにそうだろう。
一定の精神力と頑強さは絶対に必要だ。
だが、全てを鍛えるだけでは器用貧乏に陥り、いつか限界が来る。
それを打開するために、磨くのを技量のみと定めた日があったのだ。
結局、壁を越える事は出来なかったが、収獲もあった。
その産物が、二刀流。
打ち合いで競り負けるならば、圧倒的な連撃で押し負けないように、と。
「ふんッ!」
二振りの剣を振るう、振るう、振るう。
息継ぎを合間合間に挟みながら、体幹で双剣を操る。
避けることなど許しはしない。鍔迫り合いの時間も与えない。
そっとリリィの顔を窺う。
いつかの妻に似た、純粋な雰囲気を纏う少女。
心と剣は真直ぐで、見詰める先は過去の俺と同じ。
でも、向かう先は地獄だ。
なぜなら、その夢は叶わないから……
その夢の先を俺は知っている。
だから、彼女だけでも、救いたい。
俺のような人生を歩んで欲しくはないから。
◆
視界の右端から剣。急いで引き抜いた煌めく長剣で、受ける。
防いだ。そのはずなのに。
吹き飛んだのは、私。
「くっ……!」
重い。重すぎる一撃。
彼が追いすがってきて、続けて、左上段から。
防いで、弾かれた次の瞬間。
——右下段からの斬り返し。更には左からも!
連撃——ではない。僅かな時間差がある。
そこに、剣を無理矢理捻じ込む。
「ふっ、はあっ……!!」
凌ぎきった……!
しかし、その思いは、彼の——ライルの咆哮に砕かれる。
「があああああああああッ」
まるで、獣——
それでいて、磨き抜かれた技をもって、迫り来る。
二振りの剣身が、まとめて振り下ろされた。
ああ、彼の言った通りだ。
これが、これこそが、真剣の勝負。
生きるか、死ぬか。
窮極の二択。
彼はそれを、選び続けたのだろう。
生きる、と。
結局、私の今までは、戦いではなかったのだ。
お遊び、だったのか——
そうとは、思いたくない。
私には政の才はないけれど、戦う事は、出来る。
だから、あのいつの日か見た、小さく、けれども、幸せそうな——
私は守りたい。皆の幸せを。
「な……!?」
知らずに、身体が動いていた。彼の驚愕の声が遠く感じる。
剣に導かれるように——
両腕を、背筋を右斜め上に伸ばして、剣身を左腕に添わせる。
衝撃。
二本の剣が、ただ一振りの長剣の上を、流れ行く。
手首を返して、得物を大上段から——全力で。
加減は、考えなかった。考えられなかった。
手応えと共に、轟音。鋼の、耳に障る破砕音。飛び散る鋼片、吹き上がる土砂。
「あ…………」
これは拙い。
真剣を直撃させてしまった。そうとしか考えられない。
そう、思った瞬間だった。
「——危なっ! 死ぬとこだった……」
土煙から、飄々とした、それでいて慌てた態度で彼が転がり出てきた。
良かった。ほっと、胸を撫で下ろす。
「殿下、まさかあの状況下で成長するとは……感服です」
やはり、格好をつける彼は、どこか不自然で、似合わない。
本来の姿勢が、どこかにありそうだった。
「父上の言った通りでしたね。たしかに、あなたの剣力は本物だ」
そう言う私を、彼はどこか透徹した目で眺めた。まるで、懐かしく、もう手に入らない何かを見た時のように——。
たいして私と歳はかわらない筈だが、この短い間で随分印象が変わる。
そうだ。あの時も——
「ライル、ひとつ尋ねたいことがあります」
時計ひとつの為に身命を賭け、決闘に応じた彼が、戦う場面を遠くから覗き見て、今思う。
「先日、決闘をしましたよね?」
「ええ、その通りですね」
「なぜですか? あの時計の為にそこまでするのは。些か信じられません」
彼が頭を伏せた。
「妻の、形見だったから——」
頭を殴られたような思いだった。
妻? 形見?
そもそも彼は、何歳なのだろうか。
それすらも、私は知らない。
先ほどの剣を通しての共感が、溶けて消えていくようだった。
喘ぐように口を開いて尋ねる。
「それは……」
彼の瞳に射抜かれて、私の身体が凍り付く。
深い深い、底が見えない、深淵。
覗いてはいけないものを、覗いてしまった。
「姫よ。その先は、聞かないでください」
気付けば、彼の姿はなかった。
『あなたは、知るべきではない。この地獄を』
立ち尽くした私の頭に、彼の最後の言葉が反響し続けた。




