とある騎士王の伝承
かつて、ある国に少年がいた。
その国の王は暗君かつ暴君であった。
庇護すべき民から富を巻き上げ、町村を襲って女を攫い、城で響宴の限りを尽くした。
力を持たぬ民は、唯々諾々と従う他なかった。
だが、少年は違った。
少年は国を救う決意をした。
王位を、簒奪する決意を。
力を得るため少年は旅に出た。
さる山の翁から武術と体術を習い、学を学び、聖剣を鉄床から抜き。
悠久の時を過ごす賢人と友情を深め、忌憚なく語り、魔術を修め。
妖精郷や影の国を渡り歩き、神代を覗き見て、幾多の魔物を討ち。
ありとあらゆる宝財と武具を蒐集し。
遂にその力は、空を覆う巨竜をも打倒するにまで至った。
己を鍛え上げ、聖剣と莫大な力を手にした彼は、故郷へ帰還した。
彼は王を討ち取り、国と民のため、君主となった。
そして、優れた手腕をもって荒れ果てた国土を蘇らせ、民に希望を与え、賢君と讃えられた。
だが、その治世は長くは続かなかった。
人界から神の恩寵が消え、邪なる者共が、魔界から溢れ出し始めたのだ。
若き王は近隣の国との協力なしに、怪異たちと戦う事を強いられた。
——それが運命の分かれ目だった。
手ずから育てた騎士を率い、邪悪と戦い、結果的に勝利はした。
魔界の門を閉じることに成功した彼は、国に凱旋を果たすため、帰路についた。
が、しかし、周辺国家は隙を見逃すことはしなかった。
かねてよりその国を妬んでいた者が一斉に襲いかかったのだ。
戦で疲弊した若き王と騎士は、奮戦した。
欲望に従う愚か者どもを、退け続けた。
しかし最強の騎士団といえど、補給もなしに戦は出来ない。
徐々に、少しずつ、騎士は斃れ、いなくなっていった。
若き王は嘆き、哀しんだ。そして、憤った。
祖国まであと少しという所で、百万をこえる敵に囲まれた。
王と騎士は丘の頂で戦い続けた。
その丘の名は、エトラント。
理想に燃えた若き王と、それに殉じた騎士たちの、終末の地。
後の世に、“エトラントの戦い”として伝わる、無名の古王の伝承の最後。
残された国と民は蹂躙され、跡形もなくなった。
だが、王のみは力の限りを尽くし、最後まで抵抗を貫いた。
百万の敵を打ち倒し、死者で中で唯一丘の頂に佇む王は——国を、民を、部下を、愛する人を、全てを失い、絶望の淵に沈んだ。
王は自らの死期を悟っていた。
その身には数多の剣槍が突き立ち、多くの血が流れ出ていた。
助かるはずなどなかった。
王は死地として、ある泉の畔を選んだ。
身体を引き摺り、泉に聖剣を投げ入れ、ある樹に身をもたれさせた。
燃え尽きた若き王は、最後に何を思ったのかは分からない。
ただ、その翠の瞳を閉じ、永遠の眠りについたとされる。
悲しき永遠の平和を求めた王の正体や名、眠りについた場所、すべて判然としない。
後の学者が幾つか残った伝承を紐解いても、分からずじまい。
また、王の最大の宝とされる聖剣や数々の財も、行方が知れない。
彼の王としての生は、ここで途切れたのだ。
だが、実際の彼は生き長らえていた。
ここから先は、彼の知られざる物語。
その身に部下と民の魂が集い、駆け付けた友が延命の魔法を施した。
疵は深く、王は深い長い微睡みを漂い過ごした。
実に二千年にも渡る永き時を。
眠りから醒めた彼は王ではない。
この時代に生きる一人の人間として、新たな生を授かったのだ。
ここから、最強最古たる彼の新たな英雄譚が始まる……
※五月四日、改稿。




