決着
圭太郎は足元の机を蹴飛ばし、突進してくるゴモラからさらに距離をとる。
喧嘩の仕方をよく知っていた。
が、しかし喧嘩の腕はゴモラの方が数段上だった。
スラム街では、幼い頃からギャングの一員として死線をくぐり抜け、人殺しをした。負けは死を意味する。
圭太郎が蹴飛ばした机を受け止めると、軽々と持ち上げ投げ返した。
間一髪避けた圭太郎に、次々とゴモラの投げる机が飛んでくる。
(危ねぇ)
圭太郎は焦りながら、
「おい!お前卑怯やろ、殴り合いせんかい」
と必死に叫んだ。
これにはゴモラは激怒した。
最初に机を蹴飛ばしたのは圭太郎ではないか。
「フォーゥ」
ゴモラは奇声を発して殴りかかる。
「あ!」
周りで見ていた生徒達は、その一瞬の決着に思わず声が出てしまった。
怒りで大きく振りかぶったゴモラの右、それにかぶせるように電光石火の圭太郎のワンツーが美しく決まった。
体には力みがなく、天性のバネを使って飛び込みざまに打つ、この流れるようなワンツーは芸術的ともいえるもので、誰もが驚嘆する。
糸の切れた操り人形のようにゴモラは頭から倒れた。
「わいがトップや!わいが1番偉いんや」
圭太郎はそう絶叫しながら教室を出ていった。
ゴモラは敗れはしたが、しかしゴモラを支持する生徒は多く、圭太郎派とゴモラ派は半々くらいに別れていがみ合っている。
そんな状態がしばらく続いた。
熱血先生は見てみぬふりをし続けた。
「俺は教師だ、勉強の事しか話さねぇ。」
とでも言いたかったのであろう。
その間、着々と裏工作をし、計略を張り巡らせている集団があった。
A組の圭太郎派、ゴモラ派に属さない、いわゆる無党派層を取り込み、石川高校を根底からひっくり返そうと企む集団である。
しかしこの集団、革命家などではなく、逆に保守的な平和主義者の集まりであった。このままではいけない、石川高校を昔のような輝ける高校へ、それがこの集団の合言葉だった。
それは突然おきた。
突然というのは語弊がある。この集団が計算し尽くし、計画に計画を重ねて、起こした一大テロである。世にいう「軍団の変」がおきる。
いつものように、昼過ぎになって登校してくる圭太郎に、のり子は足をかけ転倒させた。
「テメェ!」
圭太郎は反射的に怒鳴り声をあげた。
これは計算通りである。人間マイナスの事がとっさに起きた時、怒りを表す者とただ驚く者の二種類に分けられる。もちろん圭太郎は前者だった。
圭太郎は怒鳴った後振り返り、相手を見て驚いた。
女ではないか。
「きゃあ、ごめんなさい、ごめんなさい…」
のり子は、怯えた子犬のように小さく丸まり謝り続けた。
圭太郎は一瞬呆然として「わかったよ」と許そうとした。
しかし突然、
「なにやってんだよ!」
圭太郎の背後から男の怒声が響いた。
「女相手に何してんだよ!」
A組の狂犬、山野辺がすぐに圭太郎とのり子の間に割って入る。
許すつもりだった圭太郎も、完全に頭に血がのぼってしまった。
そして、目の前の山野辺の胸ぐらを掴むと、力いっぱい殴り飛ばした。
山野辺は転がりながら、
「女に手を挙げる卑怯者のパンチなんてきかねぇなぁ」
挑発を続ける。
圭太郎は追いかけ散々に殴った。
(おかしい…)
と、思ったのは圭太郎で、パンチをうまく受け流されて殺されている。
そして山野辺はなぜか手を出してこない。
血だらけになりながらも山野辺は立ち続けた。
「おい!やめろ!」
入って来たのは、B組の佐藤サドル、通称エスパーサドルだった。
(しまった…)
さすがに圭太郎も全てを把握した。
罠にはめられた、と動揺を隠しきれずに慌てた。
「知ってるか?プロボクサーはケンカできねぇんだよ。」
サドルは静かに、しかし怒りを表しながら言った。
山野辺は学生プロボクサーとして活躍している選手である。だから手を出さないんだ、と言いたい。
この瞬間、周りがどっと沸いた。
山野辺とサドルに同情的な視線が集まり、サドルを応援する声が周囲からとんだ。この観衆の同情的な声援は、八割方はサドルの用意したサクラであった。
ここで完全に圭太郎は悪者、サドルが正義のヒーローという図式が出来上がった。
おもしろいように、サドルのシナリオ通りに事が進んでいく。