熱血、着任
都心から少し離れた立川にある、ガラが悪くて有名な石川高校。
関東から札付きのワル達がこの高校に集まり、万引き、暴力事件は日常茶飯事で、殺人、ドラッグ、レイプ事件なども頻繁に起こす。
そしてその高校の更にトップのワル達を集めたA組に、一人の教師が赴任してきた。
過去、この学級を受け持って二週間もった教師はいない。
この日の朝だけはクラスの全生徒が椅子に着席していた。
普段朝から登校する事のない不良達も、次の獲物ともいうべき新しい教師を見に皆が集まっていた。
ーキーンコーンカーンコーン
ホームルームを告げる鐘の音、と同時にドアが勢いよく開け放たれた。
その男は姿を現した。
やや背を丸め、顔を前につきだし、のそりのそりと歩いて教壇の前に立った。
そして恐ろしい目つきで、しばらく一人一人の顔を睨み付けていく。
あたりは静まり返り、張り詰めた緊張感にさすがの不良達も息をのんだ。
この教師、目だけは据わっていて恐ろしいが、端正な顔立ちで服装も地味、髪型に至っては中分けでマジメサラリーマンといった感じだ。
教師は、フゥとため息をついたかとおもうと、次の瞬間に耳をつんざくような大声で叫んだ。
「おめぇら、死ぬぞ!!!」
「教育熱心だこと」
そういって、派手に机を蹴飛ばして生徒の一人が立ち上がった。
その男は教師に近づいてきて、ある程度距離をとって止まった。
「かかって来いよ」
そう言って、余裕の表情で仁王立ちする男。
この男は、「狂犬、山野辺」と呼ばれる男で、細身に見えるがしっかりと筋肉が引き締まっている。学生プロボクサーとしてこの地区辺りでは、ちょっとした有名人でもある。
教師は何も言わず、山野辺を睨み付けている。
「死んじまっても文句言うなよな!あ、死んじまったら文句も言えねぇか」
そう言って笑う山野辺の前に、スキンヘッドの外人が仲裁に入った。
にこにこと楽しげなオーラを放ちながら、
「喧嘩ダメヨ!皆仲良クガイイネ」
一触即発の二人をうまくなだめると、おもむろにシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になった。
その体はまさに怪物、岩の塊のような重量感を感じるほどの筋肉で、背中には「ゴモラ」とタトゥーが刻まれている。
「楽シイネェー」
そう言いながら、なにかラテン系の音楽を口ずさみ、リズムをきざんでいる。
この外人、ゴモラの出現で場の空気がほぐれ、ホームルームは終わった。
最後に教師は黒板に「小畑明秀」と自分の名前を書き、
「名前とか関係ねぇんだよ!やるか、やられるかだ!!」
と叫び、教室をあとにした。
小畑が教室から出ると、後ろから少女がパタパタと走ってきて呼びとめた。
「すごかったです。かっこよかったです。」
そう言って少女は笑った。
小畑が、ありがとうと不信げな顔で答えると、気がついたかのように慌てて少女は言った。
「のりちゃんです」
恥じらいをみせつつ自分の名を名乗ると、小畑は憤慨した。
「お前バカだろ。自分の事をちゃん付けで呼ぶってバカだろ」
そう行って歩き去った。
この教師にはユーモアが通じない、のりちゃんはそう思った。
小畑赴任早々に事件はおきた。
傷害致死で少年院に送られていた、かつてこのクラスを指揮っていた鍋島圭太郎が帰ってきたのだ。
鍋島はクラスに入ると、よそよそしいクラスメイト達から疎外感を感じた。
そう、今この石川高校最悪クラスのトップにいるのは、スラム街から転校してきたゴモラだった。
「わいがこのクラスのトップや」
圭太郎は、ゴモラ相手に喧嘩を吹っかけた。
ゴモラは笑う、
「違ウヨ、皆ガ一番ネ。楽シクヨ~」
自ら口ずさむリズムに、身体をゆすりながら言う。
すると、圭太郎は顔を腹立たしさで歪ませると、近くの机をおもいきり蹴飛ばした。
ゴモラは大袈裟に驚いてみせ、
「オゥー、ナンデ?ドウシテナノ?」
と言ったが、目には微かに怒りの色がみえる。
二人急に黙って睨み合った。
どちらも気は強く、ひかない。
「キルユー!」
先に仕掛けたのはゴモラだった。
筋肉の塊から繰り出される身の毛もよだつパンチ、圭太郎はそれを悠々と後ろに下がってかわした。
が、ゴモラは前進しながら次々にパンチを繰り出す、圭太郎はついに壁まで追い詰められる。しかし圭太郎の笑みは消えない、ぎりぎりの感覚を楽しみながらカウンターを狙っている。
ゴモラのマッスルハンマーナックルが圭太郎を捕えた。
死んだ、と誰もが思ったが、紙一重で圭太郎は避け、後ろの壁はゴモラの拳でガラガラと崩れ落ちた。
さすがの圭太郎もその拳に戦慄しカウンターが打てずに距離をとる。
圭太郎の額からは冷汗が流れた。
ゴモラはニヤリと笑った、がしかしすでに肩で息をし、汗を大量にかいている。
誰もこの戦いを止める事ができない。
強さの桁が違った。
どちらも喧嘩でのKO率が九割を越えている。恐るべき数字である。