サルでもわかる魔法講座
もう魔王国の危機とか、勇者の異能とか、大事なこと全部がどうでもよくなった気分だ。
俺が想像していた構成は、数年の時間を要して自らの力を高め、ある手度の準備が整ったら自らの力を世界に知らしめる。俺の存在に気付いた勇者が紆余曲折を経て俺の元へ辿り着き、死闘を繰り広げる。
なんて熱い展開を想像していたのに、俺の想像の力を持ってしても、想い通りにならない事もあるらしい。
「魔王様、お下がりください!くっ、なぜこんなにも早く!?」
「なんだジジイ?殺されてぇのか?あぁん?」
エターシは震える体を抑え、俺とヤンキーの間に割って入る。
魔物がうろついている魔国で生きてきた人だ、多少の戦闘経験があってもおかしくは無いが、魔王と勇者という次元から見れば人と羽虫だろう。
勇敢は良い事だが、現状ではただの犬死にしかならない。
エターシに下がるように命令しようと口を開くが、
「惨めに生かされるだけの百年、何もしてこなかったと思ったか!我々のっ」
「うっせぇぞジジイ」
「あっがっ!?」
言わんこっちゃない・・・。エターシはヤンキーの投げた剣にその身を貫かれ、玉座の間に聳える柱に磔となった。
胸から心臓にかけて引き裂かれた身体からおびただしい量の血が溢れ、柱を赤く染めていく。
リアル惨殺って初めて見たけど、こんなもんか?思ったより滑稽だな。
この世界で初めに会ったエターシが殺された事より、その事実を冷静に受け止める自分に心底驚いていた。
前世界、平和な世で人の死に間近で触れる機会などそう多くは無い。俺だって飼っていたペットの猫が死んだ時くらいなものだ。
だから、きっと。俺に知らない感情を与えてくれると思っていたのだが・・・。
「なんだ、こんなものか?」
その言葉は、俺の想像を超えてくれなかった感情に向けたものだったが、一人勘違いをした輩が居た。
「あぁ!?てめぇふざけてんのか?イケ好かない顔しやがって」
直後、ヤンキーが掌をこちらへ向けると、極大の火柱が真横に伸びる。
魔力が身体に宿った今なら、その様子を目視する事ができた。赤い光が全てを飲み込むように突き進んでくる。
そういえば、魔法を視るのはこれが初めてだ。魔王の力を手に入れる以前にエターシから受けた魔法は同じ炎だったが、その存在を視る事は出来なかった。
だが、甘い。
魔王の儀で見たあの炎は、力強く渦巻き、儚く立ち昇り、優雅に猛っていた。
それがなんだ?今眼前に迫っている炎はただ燃えているだけ。知性のかけらも感じられない、力の奔流。
炎に包まれ、俺の視界は赤く染まった。
「けっ、今回はすっげぇうざかったな・・・」
「ほぅ?それは誰の事かな?」
「なっ!?ざっけんな!なんで生きてんだよ!?」
ヤンキーが汚らしく唾を飛ばして叫ぶ。
なるほど、確かに今の魔法はつまらなかったが、威力は十分なようだ、現に俺の座っている椅子の他は黒く変色していた。
それどころか、所々融解している部分さえ見える。よほどの魔力量なのだろう、センスの欠片もない魔法だが、そんなものを必要としないだけの威力があるという事か。
まぁ、前世界でファンタジーに触れてない人間が異世界でチート能力手に入れたら普通こうなるんだろうな。
「そんなことはどうでもいいが、お前は新たな魔王が現れた事をどこで知った?」
「はぁ?んなこと言うわけねぇだろ、バーカ!」
小学生かよ・・・、相手が可愛い女の子だったら「馬鹿っていう方がバカなんだぞ」とかいってイチャイチャしたい、そう言えばこの世界に来てからメイドさん以外女性を見てない、というかそれどころじゃなくてメイドさんと話してない!?
おかしいな、こういう異世界物で魔王ルートだったらハーレムは付き物のハズ・・・。どうしてこうなった。
と、あぶない危ない。思考が脱線してしまった。・・・ん?女性?
「・・・それにしても、一人で乗り込んでくるとは愚かだな。お前みたいなやつは女に囲まれてると思ったが?」
「はぁ?てめぇにはかんけぇねぇだろが」
「いるのか?美人が?」
すこし食いついてやる、この時態勢ををすこし前のめりにすることも忘れない。
これで奴は俺が女性関係に興味を持ったと思うだろう、この手の輩は自慢話をする事に一種の生きがいを持っているはず。
男という生き物は元来自慢をしたがるものだ。
「なんだテメぇ?童貞か?ヒッヒャヒャヒャ!魔王がドーテーかよ!クソうける!いいぜ、俺の女のこと教えてやるよ!」
まんまとハマりやがった、相手より劣った部分を見せる事によって相手を掌握し、思い通りに行動させる。これほど人を動かしやすい方法は無い、自尊心や同情心はそれだけで人の行動原理になるほどだ。
「なんたって俺は王様だからよ、国中の美人は全て食ってやったぜ!それに、お前を殺せば世界一の美女とヤれんだからよ、だがから早く死ねよ」
「なんだ、俺を倒せばご褒美でも貰えるのか?」
「そうだよ、十年に一度、魔王の再来を予言する巫女だったかがクッソかわいいんだよ、俺としちゃすぐにでもやりてぇが、おまえを倒すまでは封印とかのせいで触ることすらできねぇし、・・・思い出したらイラきた、殺す」
なんともまぁ、ご丁寧に全てを吐きやがって、クソお礼ゲロ申し上げます。
いかんいかん、馬鹿の口調がうつりかけてるぞ。バカが感染するというのは本当らしい。
バカヤンキーの言う事をまとめるとこうだろう。
魔王召喚の事は向こうの国にも知れている。
その対策として十年に一度、魔王に対して何らかの対策を持った女性が生まれ、巫女となる。
その力のおかげ?で、ヤンキーに手を出されずにいる。
俺が倒されれば晴れて彼女の不幸が始まるわけだ。
「それはそうと、いい加減どうにかしないとな」
自分の頭の中でヤンキーの未知なる言語の整理をしている間、多種多様な魔法が俺の目の前を飛び交っているのだが。
死の間際であるはずの俺は絶賛落胆中である。
炎だけの攻撃から変化を加えてきたのはまだいいとしよう、だがその後がまずかった。
炎に続いて雷、それでだめなら水、風、冷、土。と順番に繰り広げている。
この世界において現代科学がどれほど有効かはまだ実践していないが、魔法についてはある程度の知識を備えておいた。
魔法には相性があり、それぞれの属性は六角形を描くような相関図となっている。
例えば、炎の属性に土の属性を当てると炎の威力が弱まり、土の属性は最小の減力でその効果を発揮できる。
逆に、土の属性に炎の属性を当てると、炎の威力は大幅に減退し、元の威力の半分も出せれば良い方だろう。
意図してやっているのならよほど自分の力に自信があるか、何か意図があるのだろうが、それは無い。
まずこいつは馬鹿である事に間違いは無い、そして次々に放たれる魔法の威力だ。ほぼ半減された威力であるはずが、俺の周囲の地面は抉り取られ、玉座の周囲は見るも無残な光景へと様変わりしていた。
一般的な相関図の影響など無意味ということだろうか、だれにも教わる事無く魔法を使ってきたのなら仕方のない事だが。
それにしても見事に反属性ばかり使うのは深読みしてしまいそうになる。
もしかすると、逆にこれが一番良い順番だと思い込んでいる可能性もあるが、今の俺には然したる問題ではない。
たとえ世界を滅ぼす魔法であろうと、俺の身体に傷一つつける事は出来ない。これは絶対の想像だ。
「くっそっ!なんなんだよお前!早く死ねよ!だりぃだろが!」
「ん?もう終わりか、つまらん」
「ざっけんな!なんで生きてんだよ!」
「教えるわけ無いだろう?が、ヒントは出してやる、本当の魔法を見せてやろう」
今の俺は想像するだけで魔法を扱う事ができる。伊達にこの世界の知識を集めていたわけではない。
魔法の原理は魔力というこの世界に漂う元素のようなものに、魔術という命令を与えてやる事により、魔法という事象が発生する。
本来、魔術のプロセスは身につけた道具を使用したり、肉体に術式を組み込んで発動させたりと様々だが、俺はそのプロセスを想像で補う事ができる。
因みに、ヤンキーは様々なアクセサリーを身につけて、そこに術式を組み込んでいるようだ。やけに装飾過多だと思ったが、理に適っている。ただの趣味という可能性の方が正しい気がするのは俺の偏見だろうか?
まずは炎、拳ほどの小さな玉がヤンキーへ飛ぶ。時速100キロといったところだろうか、バッティングセンターのちょっと難しいコースで見る事のできる程度だ。
「舐めてんのか?こんなカスみたいな魔法」
よほど自分の力に自信があるのか、よける事すらせず、守る気も無いようだ。
それならば都合がいい、不死の異能。存分に堪能させてもらおう。
炎の玉がヤンキーの身体に触れた瞬間、爆発する。
衝撃を余すことなく受けた肉体が後方へと吹き飛んでいく、直後、炎の玉が触れた場所へ引き戻される。
爆発によって四散した炎を元の位置に凝縮させる爆縮。全方位から均一に圧力をかけなければ成功しない技術らしいが、魔法のあるこの世界では造作もない技術だ。
相応の知識があればこの世界を近未来SFにもできただろうが、残念ながら俺は生粋のファンタジー好きだ。
爆縮によって超高温となった熱の塊は、太陽を思わせるほどに美しく浮かび、徐々に周囲の状況を変化させていく。
魔法による熱の隔離空間、真空世界で発生するプラズマ、その空間に俺が送るのは一筋の雷。
プラズマボールという物をご存じだろうか?無数の雷が無数の軌道を描き、剛雷の大輪を花開かせる。
徐々に真空の空間ごと雷が治まっていく、そこに現れたのはコップ一杯ほどの水。
科学の授業で水の電気分解という物があったはずだ。俺は逆転の想像で分解ができるなら合成もできるだろう、という勝手な思いつきで実行した。
前世界で成し遂げたら色々とまずい事になるのではないだろうか?ただ、それができてしまうのが魔法の恐ろしいところだ。
水滴はその場を右へ左へと回り始める。ほんの少ししかなかった水を助力するように魔力を注いでやると、人を飲み込むほど大きな水流へと変化した。
魔力による影響だろうか、水は青く、飛沫は白く輝いているようだ。名のある画家の描いた一枚絵が動き出したかのような躍動感だ。
渦潮のようにその場を巻き込む激流は少しづつその姿を変え、竜巻へと変貌していた。
魔力についてはまだまだ研究の必要がある。属性の相性によっては少しづつ変化させたり、一気に変貌させたりと様々な使い方ができるようだ。
風の流れに冷気による冷たい風を送ってやると、竜巻の中心に氷の柱が出来上がる。
魔法による氷は水ではなく、魔力で出来ている。熱により溶けて水になる事はない、解除すれば魔力となって世界に戻るのだ。
だが、魔力に戻るのは普通の魔法の場合で、氷の柱は徐々に透明感を失い濁り、柱の形は段々と武骨になり、堅牢な岩となった。
初めの炎の時点でヤンキーの姿は跡形もなく消し飛んでいたが、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。
最後の仕上げとばかりに指を鳴らし、魔力を送る。
岩は熱による急激な変化に耐えきれず、融解し燃え盛る。
その場に残されたのは何もない、本当に何も無い空間だけだった。
魔法の説明で少し長くなりましたが、大丈夫かな・・・これ。
科学的な知識を入れてみたいっ!って思いは強いのですが、何分知識不足で魔法に頼り切りになってる気が、いかんせん。
間違ってる知識もあるかと思いますが、間違ってるよ!って遠慮なく言ってください。
感想お待ちしております。