初代魔王と異世界の魔王
覚悟を決めた俺は、まず力を手に入れることにした。
魔王の儀。ウォレイ城の裏手に聳え立つウォレイ火山の山頂にその場所はあった。
山頂までは飛竜車に乗って移動したのだが、乗り心地は最悪だった。
「ここが山頂、儀式の頂です」
「・・・気持ち悪い、わざわざ山頂に作るなんて、なんて無意味な」
「先程も説明したとおり、ここが最も魔力の多い場所なのです。ご勘弁を」
魔王の儀を行うには大量の魔力が必要になる。その為、魔国で最も魔力の集中する山頂、火口付近が適切だという事だ。
だからと言ってこんな場所に長居したいとは思わない。手早く済まして帰ろう。
「それで、どうすればいいんだ?」
「祭壇の中心にお立ちください、さすれば事が進みます」
「それだけか?なんだか拍子抜けだな」
言われた通り、祭壇の中心に立つ。山頂の岩を削って造られた祭壇にはいくつもの幾何学模様が描かれていた。
ただの模様かと思っていたが、俺が祭壇の中心に立つとその模様に変化が訪れた。
無造作に並べられた様々な形が光や影となって火口を覆っていく。
これは幾何学模様ではなく、魔法陣なのだろうと悟った時にはすでに変化は次の段階に移っていた。
魔法陣の中心から火柱が上がり、轟音と共に収束していく。
凄まじい炎の勢いなのに熱さは感じない、それどころか、その美しさに見惚れていた。
「これが、魔法の力?なんて、なんて美しい!」
思わず両腕を掲げた俺に火柱が唸りを上げて襲いかかる。
渦を巻いて襲いかかる炎に焼かれながら、俺は笑い声を抑える事が出来なかった。
人間、限度を超える痛みには逆に鈍くなるとはいうが、全身を焼かれる痛みなんて普通だったら一瞬で意識ごと燃やしつくされるだろう。
そんな炎の中心に立っているなんて、なんて面白いのだろうか。
死の恐怖より、全身を襲う燃える痛みより、非現実的なこの状況を楽しんでしまう俺は、前世界からどこか狂っていたのだろうか。
狂気と冷静の只中でその先に見えた一筋の光。
思わず掴んだソレは、ドス黒い、邪念と悪意の塊。
「真っ暗・・・?というより、真っ黒か?」
魔王の儀は失敗に終わったのか?死後の世界なんてファンタジーだと思っていたが、異世界もあったし、不思議ではない。
だが、俺の予想とは違う形で事は進む。
「汝。我の力を欲する者か?」
「・・・あー。なるほど。想像できた」
この手の世界で語りかけてくる存在は大抵決まっているものだ。俺の置かれた現状から言うと、魔王の思念体か、神や世界の意志なんて奴だろう。
前者なら身体の乗っ取りか、意識の融合か、なんにせよ面倒な展開だ。
後者なら無償で力を授けて、世界をあるべき姿に、とか言ってくるだろう。
「我は魔王、魔を統べる力の根源」
あちゃー、前者だったか。
「で、その魔王が俺に何の御用で?」
「汝。力を欲するならば。我を受け入れよ」
なんて、テンプレな。ここまで想像通りだと面白くもない。
「嫌だね!お前の力だけもらってとっとと帰ってやる、こんな世界より面白そうな異世界へ俺は旅立つ!俺の想像を超える世界にな!」
どうせ拒否しても肯定しても無駄なのだろう、だったら。最後くらい虚勢を張りたいだろう?だって、男の子だぜ?
「愚かな者よ。貴様の身体は頂いていく」
黒い霧が俺の身体を侵食していく。身体中が腐り落ちていくような、崩壊感。
もう少し何とかなると思ったんだが、人生想像通りにはいかない。やるじゃん異世界。
残念、俺の人生はここで終わってしまった!
「なに勝手に諦めてんの?そうは問屋が卸さないよ?」
「えっ?誰?」
ついに身体の感覚が無くなり、意識まで崩れ去ろうとした時。不意に声が聞こえてきた。
「魔王に騙された哀れな異世界人さ!」
「そりゃ、ご愁傷さま?」
「えっ、何その反応?」
「えっ」
視界が開け、目の前に現れたのは欧米人っぽいイケメンだった。
てっきり天使か綺麗な女神あたりが迎えに来てくれるかと思ったが、異世界では勝手が違うのか。
「何か勘違いしてるかも知れないけど、僕は君を助けに来たんだよ?」
「・・・えっ?」
さすがの俺もファンタジー世界でこんなギャグコメディをやらされるとは露ほど思わず、終始困惑しっぱなしだ。
一先ず落ち着いて彼の話を聞いてみることにした。
彼の名前はトムと言うらしい、ふざけているのかと思ったがそうでもないらしい。
「ありきたりな名前だな」
「ハハッ!僕自身有り得ないと思っているよ、でも、君も自分の名前は分からないだろう?」
何をバカな、と思ったが、いくら考えても本名が思い出せない。
それどころか、元の世界の事も曖昧になっている。唯一覚えていた名前は。
「キュウ。それしか分からない」
「僕よりまともじゃないか!羨ましいぞ!」
記憶が曖昧な原因は魔王の力の影響だろう、というかそれしか考えられない。
「それで、トムはどうしたいんだ?」
「単刀直入だね、簡単にいえば魔王を倒したいのさ」
それから俺は彼の話を聞いた。
本来、俺達は異世界に呼ばれた時点で魔法の能力に目覚めているらしい、それを無理やり封印して魔王の入れ物に仕立て上げる。というのが魔王召喚の役目らしい。
「僕は自分の能力を使って魔王を倒す方法を考えた、そして今日!君の能力を持ってこの不幸に終止符を打つ事が出来るのだ!だー!」
「テンションが高いのはそのせいか」
一言話す度に飛んだり跳ねたり踊ったりと、見てるこっちが疲れるような動きに軽くツッコミながら話を進める。
今まで魔王に飲み込まれた異世界人の能力は吸収されることなく残留している。
魔王であっても彼らの能力まで手に入れることはできず、捨てられていたという事だ。
トムの能力は「離脱」、身体を乗っ取られる前にその力を発動できればよかったのだが、力を使えたのは死の寸前だった。仕方なく、死から離脱することで急場を凌ぎ、なんとか生き返る方法を探していたらしいが。
「ほんと、運がいいのよね、僕ちゃん」
「いまどき僕ちゃんとか聞いた事ねぇよ・・・」
「んでね、その後も犠牲者が居たんだけど、その能力が色々あってね、一人目が・・・」
このままでは話が長すぎて居眠りしそうなので、要約すると。
今までに集めた能力は、離脱。吸収。反射。催眠。破壊。回復。そして、俺の想像。
確か俺は10人目のはずだから、4つ足りないのは逃げ出して殺された奴らなのだろう。
今から俺は魔王の魂を吸収し、余分な意識は反射、破壊し、自分を回復させればいい。
力の根源は残されているわけだから、俺の想像という力で思い通りに発動できるはず、という事だ。
「ん?もう一個能力あったよな、たしか・・・睡眠?」
「催眠だよ、あーうん、・・・使い道無いよね」
「ひとつ前の魔王、不憫すぎるだろう・・・」
「こんな世界じゃなければ催眠強いと思うけどね」
見ず知らずの魔王に遠い目を向けながら、二人して苦い顔をしていた。
「ところで、俺の回復は良いんだが、お前達はどうすればいいんだ?」
「いや、僕達はもう手遅れだから」
「・・・えっ?」
「だって、身体乗っ取られて、勇者にぶっ殺されてるわけだし」
ではどうして百年もこんな真っ黒の空間で魔王を倒す算段をしていたのか?
そんな疑問を口にしようとするより早く、
「元々僕はヒーローになりたかったのさ!」
「えっ、急に自分語り?」
「そう、あれは僕が六歳の・・・」
「いや、いい。とりあえず俺は魔王を倒せばいいんだな?」
俺の制止も聞かず永遠と話し続けるトムを無視して自分の力を確認する。
想像。想いを映像化する事で力を発動できるなら、そんな簡単な事はない。俺の妄想力を思い知らせてやる!
・・・妄想も想像だよな?
「オーマイガー!キュウ、僕の話聞いてた?ねぇ聞いてた?」
「あーもーうるさいな!」
「最後の我儘くらい聞いてよー!魔王仲間じゃないか!」
「嫌な仲間だな・・・」
イケメンが頬を膨らませて怒る姿とか見てて痛々しい、というか殴りたい。
だが、俺を救ってくれる事に違いはない。そんな俺に出来る事は・・・。
「すまん、お前達を助けてやる事ができなくて。それと、ありがとう」
「・・・そんな格好されたら、冗談も言えないじゃないか」
土下座。俺はこれを日本人最上級の礼儀作法だと思っている。軽い気持ちで使っているわけではなく、誠心誠意、本心からの土下座だ。
「僕の百年と、魔王に食われたみんなの分も合わせて倍の二百年は生きてもらわないとね」
「・・・善処する」
最後に言われた苦笑いの冗談を彼の。いや、彼等の思いだと受け取り、俺は現実へと引き戻される。