Another one
見渡す限りの廃墟、廃墟、廃墟。
無惨な破壊の遺跡の麓で、彼女は一人腰を下ろしていた。
その瞳は迷いに揺れていて、ひどく疲れたように出来た隈を隠そうともしていない。
そうでなければ彼女のモノトーンに彩られた衣装と銀の髪は、女神か天使の類いと見られてもおかしくはないだろうに。
だが、それ以上に……彼女は紛れもなく荒ぶる神の類いと言って差し支えない力と怒りを持つ魔法使いだ。
僕は間近でずっとそれを見てきたのだから、それは確かだし起こっているのも仕方のないことだ。
夜の帳はとうに落ち、黒点の被さった月明かりが舞台を照らす。
さぁ、時間だ。
我々が行動を開始する前に、それを察した彼女はこちらを見上げた。
我々の投下時刻を把握していたのか、それとも待っていたのか、その隙を単に彼女は休息に使っていただけだったようだ。
表面の鏡面偽装魔術を解除した我々のヘリに彼女が手を伸ばすと同時に、全部隊が投下口から飛び出した。
出遅れた哀れな自動人形が光に刺し貫かれる。
威光から生成された夥しい殺意の塊が剣となってヘリに殺到した。
殺意の群れに食いちぎられて大穴の空いたヘリが煙をあげて落下する。
もはや此処に一般人の目も耳も届くことはない、『市国』の情報統制と大規模隠蔽魔術は完璧にこの街を世界から消し去っている。
だから、遠慮は要らない。
お互いに、全力だ。
「O班、光を封じろ」
自動筆記を妖精回路に書き込む形で指示を出した自動人形が、パラシュートもなしに真っ直ぐ彼女へと降下する。
「!!……うっ、にゃっ!?」
そして、彼女の眼前で黒煙を上げながら自爆した。
非生物による自爆特攻。
恐らくは全く経験のない攻撃手段のはずだ。
それに自動人形にも生きた人間にも同じ顔を隠したギアを装着してある、見分けもつくはずのない彼女に与える威圧感は相当なもののはずだ。
まだ正確性を欠いた座標自爆だ、彼女は爆風の余波でよろけるまでだが……自動人形達の妖精回路は自動筆記でリンクしてある。
それらは彼女の元で自爆するためだけの生命となって学習し、より正確に彼女へと殺到するようになる。
「な、め、る、なああぁぁぁ!!」
それでも彼女は威光から盾と剣を出して自動人形を切り払い、爆風を極力防ごうとする。
しかし、必然は彼女にとって突然訪れた。
「……えっ!?」
それまで使い捨てのように産み出しては捨てていた剣の追加を威光から受け取ろうとした彼女の手は、虚しく宙を切った。
威光は、黒煙に隠されて切れかけの電灯のように瞬いて消えた。
不活性魔力を織り込んだ黒煙だ、予め自動人形に仕込んでいたそれは彼女の周囲を覆い大魔力を威光の形を編む前に霧散させる。
ジュリアは即座に一度捨てた剣を拾い上げ、銀のカーテナと二刀の構えをとる。
『ジュリア!威光が使えない!!』
彼女の剣が焦りと共に叫ぶ、襲い来る自動人形に振りかぶりながら彼女は応えた。
「わかってるって、ばぁ!!」
彼女は剣を振る。
一閃毎に自動人形の妖精回路と動力を繋ぐ首を切り落としていく。
黒煙をこじ開けて乱入した同じギアの女にも剣を向け、そして彼女は停止した。
「……っ!?」
その瞬間に、マントが裂けた。
逃走手段を封じたギアの女の手には黒い刀。
「……づ、あ゛あ!!」
彼女の怒りの咆哮と共に、彼女のカーテナと黒い刀が火花を上げた。
「なっ……!?」
切れる、そう確信していた彼女は怒りから冷静な驚愕へと表情を切り替えた。
黒い刀の正体は天使の構造を化学的に解析して作られた重央炭素繊維網合金、魔術ならぬ叡知の結晶だ。
魔術妖術に対して絶対的な優位を誇る天使兵装でも、科学を断ち切る力はない。
『ジュリア!!』
そして、使い手の技量は彼女にとって未知数だ。
メタトロンの叫びが耳に届かなければ、彼女は無力化されていただろう。
彼女の2刀が、黒い刀をようやく受け止めた。
「ん、のぉぉぉおおおお!!」
剣と刀が瞬く間に打ち合って、線香花火のように深紅の火花が無数に瞬いた。
ギアの女は、打ち合いの末に一言……口を開いた。
「駄目ですよジュリア・ヘンデル、冷静さを失ってしまっては」
「──っ!まさか……」
その声に、彼女の動きが止まる。
ギアの女はその隙を突くことなく一歩後ずさった。
そして、僕が前に出て彼女の威光の剣を拳で弾いた。
「っ、くぁっ」
彼女の振り下ろすメタトロンを黒い刀が弾く、その間に僕は彼女の顎に掌打を撃とうとするが寸でで避けられた。
身を翻した僕はその背を彼女に向け、彼女を吹き飛ばした。
「ああっ!!くっ……」
なんとか彼女は足で着地するが、打撃を受けた腹を抑え身悶える。
僕は地に手をついて術式を走らせた。
『八相檻!』
地面から競りだす形で、彼女を中心とした半径5メートルの空間八方に石の柱が突き立った。
僕は彼女に接敵し拳のラッシュを叩き込むが全てがメタトロンに防がれる、そして僕の背の上からギアの女が飛び出し通り抜け様の居合いでメタトロンを彼女の手から弾いた。
僕は天敵の不在の間に畳み掛けるべく彼女に足払いをかけ、ギアの女は懐から取り出した苦無を縦横無尽に投げる。
苦無に仕込まれた同じ重央炭素繊維網によるワイヤーは吹き飛ばされたメタトロンに絡まり周囲の柱の隙間を飛び回る苦無はワイヤーを引く形で石柱に絡まっていく、
果たしてメタトロンは舞台中央に縛り上げられた、二度彼女の手に戻ることの無いように。
『ジュリア!』
「メタトロ……っ!」
起き上がろうとした彼女の腕を逆向きに捻り上げ、手持ちの噴射機で二度黒煙を巻き上げて威光を封じた。
「なんで……なんでだっ!?」
泣きそうな声で、彼女は……ジュリアは僕らに訴えかける。
歩み寄り、ギアを外し素顔をさらしたのは……燕糸八尾。
「あなたも……きみも!あの子に救われたのに、この街が大好きだった筈なのに!!」
八尾に続き僕も、香登レンもギアを外し素顔を晒した。
「ジュリアさん……ごめんなさい」
八尾の懺悔の言葉に、ジュリアは困惑の表情を隠さなかった。
事態は異常だ、まるで始めからそうであったかのように大切な存在もその記憶も無くして運行していた。
しかし、それは他しかな歪みだった。
この街の惨状は、その代償だ。
魔術界隈から姿を明かさないはずの組織『市国』とこの国の全面戦争はあの子の不在によって発生した最悪の事態だ。
だが、それ以上に異常だったのは……ジュリアも、そして僕も覚えていたことだ。
八尾もはじめは忘れていた、しかし僕と話す間に彼女もまた『僕らの世界』を思いだし協力を惜しまなかった。
だからこそ、僕らはこれが歪みだと確信していた。
ジュリアも、それは同じだろう。
「じゃあ……そうか、助けに来たんだ!そうだよね、あの子を皆で助け」
「違う」
一瞬でも希望にすがろうとしたジュリアの瞳に、絶望の闇が覆い被さった。
「僕らの目的は確かに、『市国』とも枢奇卿達とも違う。
だが、この街に存在する異常の元を断つという根本は同じだ」
「はは、は……じゃあ、違わないじゃないか。皆でまた何とかして……また、皆でこの街の平和を……」
ジュリアの言葉を塞ぐように、僕は……ハッキリと言い放った。
「僕の目的は、この異常事態の元凶と目される魔術装置清銅欄と、その中心……
金奈美香──及び晶水まるこを
殺害することだ。」