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魔法少女マルクト▽マルコ  作者: 蓬松
Phase1:白と黒の魔術師
1/5

▽1st.開幕は出会いと共に(Boy meets Girl)

どこかで誰かが泣いていた。

嘆きと嗚咽は雨の音に混ざって消えていき、それはやがて笑い声に聞こえるようになる。


人は彼女を狂ったと揶揄するかもしれない、あるいは何かに堕ちたと言うかもしれない。

しかし、彼女はどこまでも正気だった。


彼女はただ、救えなかった者たちを助けたかっただけなのだから。


人間として、人の手で奇跡を掴み取る所業

あるいは、神そのものになりたかったのかもしれないけれど

それでも彼女はただ正気であったと私は訴え続けようと思う。




これは、悲劇に始まり奇跡に至る女の物語。


誰よりも救われなかった、彼女を助ける魔法少女の物語。






 空を、飛んでいた。

 下は一面の雲海、重力なんて知るかといわんばかりに彼女は自由に空を舞っていた。


「~♪らん、らん、ら♪」


 おそらく気分がいいのだろう、彼女は鼻歌を口ずさみながら雲海の上に踊る。

 流れる雲に手をかけると、ふわっと雲の一部が舞い飛んで空に溶けていく。

 一歩一歩、踏み出すごとに足元には青い火花たたっては綺麗なしずくを残して空に堕ちていく。


「はぁ……♪さぁ、さぁ、開演のベルはもう鳴っているわ♪」


 黒い髪をたなびかせ、黒いコートを広げながら彼女はくるくる回って踊る。


「お寝坊さんの林檎の少女、眠って起きない白雪姫よ♪」


 彼女はふっと立ち止まると、そのまま背中から空へ倒れるように力を抜く。

 そして背中から雲海に飛び込んだ。


 ぼふっと雲から抜けて、だんだん地面が近くなっていく。

 迫りくる地面に恐怖を感じる、それでも彼女は笑っているのだ。


「王子様は来ないけれど、倒すべき魔女はずっと……貴女を待っているわ、ね♪」





 私はベッドからずり落ちた。


「ふわぅ」


 見慣れた金髪が、見下ろしてきていた。

 この綺麗な金髪の持ち主は、私を青い瞳を私に向けてピンクのほっぺを膨らませていた。


「まーるこ、遅いよい?」


「み、美香?なんでうちにいるの?」


 彼女は私の親友、金奈美香(かんな・みか)……非日常や非常識をこよなく愛する金髪少女。

 ちなみにその髪と目の色からよく誤解されるが、彼女は生粋の日本人である。

 その外見のせいで浮いていた過去を持っていた彼女と最初に友達になったのが私で、それから私と美香は三年来の親友である。

 なぜかそんな親友が予定もないのに内に上り込んできていて、私を起こしに来ている。

 起き抜けの異常事態に、私は目を丸くして疑問の声を上げる。

 ドアの向こうから、無精ひげに私と同じくるくる天然パーマのお父さんが顔を出した。


「今朝からピンポンピンポンうるせぇから上げたんだよ」


 どうやらお父さんも寝起きのようだ、しかし機嫌が悪いわけでは決してない。

 怖い顔だからよく勘違いされるが、お父さんは子供好きだから時と場所をわきまえないでも友達の来客はウェルカムなのだ。


「なんでもなにも、今日はうちに転校生がやってくるって話だったでしょ!?」


「……ああ!!」


 美香の言葉で思い出した、今日は待ちに待った転校生がやってくるんだ。

 こうしちゃいられない、急いで着替えないとって……


「ごめん美香、お父さん……一回外出てて」


 美香とお父さんは見合ってフフンと薄く笑っていた。




 胸元を隠すように服のファスナーを上げると、ランドセルを背負って私は部屋を飛び出した。


「おまたsもふっ!?」


 口になぜかアメリカンドッグを突っ込まれる。


「メシもくわないで行くつもりか?」


 お父さん、結構急いだつもりなんだけどいつの間に作ったの?

 そんな疑問は差し置いて、アメリカンドッグを咥えたままじゃしゃべれないから手を振ってお礼を表現しながら美香と一緒に玄関を出る。

 片手にアメリカンドッグを持って、自由になった口で私は言った。


「いってきまーすっ」


「いってらっしゃい、頑張ってこい人助け委員」


 美香と一緒に、私は海の見える町の見晴らしのいいところにある学校を目指す。

 今日は私たちにとって記念すべき一日になるんじゃないだろうか、ずっと非公式で活動してきた私たちがようやく公式に認められる時がやってきたのだから。






 MagicalGirl MalchutoMalucho

1st action : White and a black mages


2009/9/26






 私、晶水マルコ(あきらみず・まるこ)は普通の小学三年生。

 でもなんでだろうね、クラスでは策士として有名になっちゃったのは……


「それもこれも、マルコのおかげだねぃ♪学級会で反対派の意見の裏をかいて…」


『人数が足りないなら、転校生が来れば設立しても構わないよね?』


「なーんていうから、なし崩し的に転校生が来れば設立OKなんてはなしになったんだよねぇ」


「それだよ、それ本当に思いつきだったんだよ?」


「何を言いますか!この街は今新規のベッドタウンとしては流行りの最先端だし、青銅欄第三小学校だって割と新しい校舎だから転校生や留学生は割としょっちゅう来るんだよ?それを計算したと言わずになんという!」


「寧ろそこまでリサーチできる美香がすごいよぉ」


 そんなことを話しながら道を走っていくと、ふと黒い人影がこっちに向かってブンガブンガと手を振っているのが見えた。


「ま~るこちゃ~ん♪み~かちゃぁ~ん♪」


「あ、メイさん!」


「おっすおっす、メイさん♪」


 木造の喫茶店の前で箒を握る黒いコートに黒い長髪といった黒づくめの女性は、私たちを見るや否や猛スピードで走ってきて私に抱き着いてきた。


「ぷわー!?」


「あぁんもうこんな朝からランニングなの?最近の小学生はやたらと健康志向なのねぇでもおばさんマルコちゃんが心配だからねぇ?ランニングの発明者もランニングの途中に心臓悪くしたっていうしあんまり朝早くに無茶しちゃダメなのよん?あぁんしかし可愛い可愛い♪」


「メイさーんそれ以上は犯罪だよーい?」


 今ではもう慣れたものだけど、この人のハグは本当に凄まじい。

 慣れない頃はその胸で何度圧死されそうになったことか……

 父は本当の子供好きだけど、彼女のそれはもう常軌を逸しているというか大人の人たちが言う『ろりこん』ってやつかとも言える勢いなのだ。

 実際そうですかと問われたらば、彼女は笑顔で『はいそうです!!!!』と間違えなく答えるだろう。

 そんな彼女は明綾乃(めい・あやの)、喫茶Avalonのマスターであり……私の命の恩人です。


「あらあら御免なさいねぇ?」


「ぷは、う~メイさんいっつも愛情表現がオーバーなんだよぉ」


 これでも自重してるんだけどねぇ……と、背筋がぞっとしないことを言ってメイさんはしょんぼりする。

 でも、彼女が私を心配してくれていることは本当だ。

 胸元に手を置いて、それを再確認する。


「大丈夫だから、ね?」


「そうねぇ……そういえば、なにをそんな急いでるの?」


「今日転校生が来るんだよい、だから歓迎の準備をしに行くのさ♪」


 ニシシと笑う美香に、メイさんは両手をぽんと叩いて満面の笑みを浮かべる。


「そういうことなら帰りは是非ともうちにいらっしゃいねぇ♪おいしいミルクティーをごちそうするわよん♪」


「女の子とは限らないよ?」


「あら、私はロリだけでなく男の子でもバッチ恋ねぇ♪」


 親指を上げるメイさん、警察を呼ばれる前に公衆の面前でそういうこと言うのはやめといたほうがいいと思うよ?

 まぁ、ご近所にとってはもういつもの事だろうけど……


「それじゃあねメイさん!」


「吉報を待って牛乳冷やしといてねーい♪」


「了解ねぇ~♪」


 手を振ったメイさんは……そのあとほんの少し考え事をするように腕を組んでいた。






 さて、準備を終えた私と美香は朝の眠りを机の上で済ませてそんなにしないうちにすぐ生徒たちでにぎわう中目を覚ますことになった。


「んぃ、転校生来たぁ?」


「ホームルーム始まったところだよ美香……もうちょっと」


 下がりそうな瞼を何とか二人であけて待っていると、先生がちょうど眠くなりそうな長話の後で口を開いた。


「それでは、今日転校生が来ることはみんな知ってるか?」


 先生が言った言葉に、教室中がざわめいた。

 そりゃそうだ、と思った……転校生がやってくるという情報は美香が持ってきたのだ、その情報がそこらの生徒よりも早く質がいいのはすでに知ってる。

 美香ってたまに校長先生とすら仲良く話してるもん、人脈が広いんだよね。


「ふふん、慌てふためいているなぁ……」


 すっごいドヤ顔で勝ち誇っている美香、みんなの反応で眠気なんかどこかへ吹き飛んでしまったらしい。

 まぁ、私もだけどね。


 カツ、カツ、カツ


 固く、メトロノームのようにしっかりした足音が聞こえてきた。 その音に、私と美香に緊張が走った。


「おお来たか、紹介するぞー……彼が今日転校してきた……」


 先生が言い切る前に、彼は黒板にチョークを持って名前を書きだした。


香登レン(かがと・れん)


 そう黒板に書いた学ラン姿の男の子……彼は振り返ると、ビン底メガネで見えない視線を教室全体に向けるとお辞儀した。


「父の単身赴任の関係で引っ越してきました、香登レンです……よろしく」


 そうとだけ言うと、香登くんはすたすたと足はやに席に向かっていった。


(((………そ、それだけかい!!)))


 どうしよう、思ったよりも個性がない……いや、逆に個性がありすぎるのかな?

 すっごくマイペースみたいなこの気がするよ。

 不安になってる私の顔を覗きみて、美香はにんまりとした笑みを浮かべた。


「でも、やるんでしょ?」


「………!!」


 そういう美香は、すでに紐に手をかけている。

 もう、どう返事するかわかってるくせに。


「………やらいでか!!」


 そういうと、私と美香は同時にひもを引いた。



 パン、パンパンパンパンパン!!!! と、教室中に仕掛けたクラッカーが鳴り響いた。

 そして天井裏に仕掛けられた薬玉が飛び出して開き、香登君の席の上に垂れ幕を垂らした。


『ようこそ!!人助け委員へ!!』


 無表情だった香登君が、ようやく初めて表情を変えた。

 表情というか、ただ単に目を点にして驚いてただけだったんだけど。


「……は!?」





 人助け委員、それは私と美香が立ち上げたなんでもやる委員会活動だ。

 それこそ、頼まれれば何でもやる……掃除のお手伝いからレクリエーションの提案実行、あるいは学園祭の企画と準備も。

 私と美香は今年の初めからそんなわくわくするような活動を企画して、それが認可されるのをずっと待っていたのだ。

 放課後の第一回特別会議に集まったメンバーは四人……


「みんな大賛成だったねぇ♪」


 私、晶水マルコと……


「ふっふっふ、これこそ私が求めた青銅欄第三小学の空気ってもんよぃ」


 私の親友、リーダーの金奈美香……


「っていうか、学園祭近いから企画丸投げされただけじゃねぇか?」


 そして力仕事担当の男の子、斉藤太一(さいとう・たいち)君。

 古武術を教えてる道場の跡取り息子で番長ってのをやってたんだけど、頼んだことは断れない性分の優しい男の子。


「そうとも、頼まれたからには学内……いやさ町内で一番のイベントを起こしてやろうじゃないかい!!」


「まぁ全員楽しけりゃ文句はないけどさあ」


 そういいながら太一君はちらりとこっちを見て顔を赤らめた……?

 最後に……


「…………」


 どうしよう、怒ってるのかな……さっきから何も言わない転校生の香登レン君。

 しゃべりもしないからさっきから威圧感だけ感じてそれ以外は何もわからない状態が続いている。

 このままじゃダメだよね、なんとかしないと……そうだ。


「ま、まずは香登君に町の案内とかをしたほうがいいんじゃないかなぁ?」


「問題ない、この辺の地理はもう把握してるし引っ越す前に自分の足で一通り確認した」


 ……ぴしゃりと言いとめられてしまいました。


「じ、じゃあ一緒に学園祭までの予定とかを話し合って……」


「悪いが用事があるから今日は早退させてもらう」


「ありゃ、残念だねぃ?」


 ……怒ってる、これ絶対怒ってる!!

 美香も笑ってないで手伝ってよぉ……そう思っていたら、太一君が立ち上がった。

 どうにかして説得に参加してくれるのかな?


「待った、転校生」


 かと思えば、太一君は香登君の前に立ちふさがった。

 ……あれ、不穏な空気になってきちゃったんだけど……


「だんまりを決め込むのはかまわねぇが、お前ちょっと無愛想ってもんが過ぎやしねえか?」


 太一君のちょっと威圧的な説得に応じたのか、香登君はため息をついて香登君は席に戻ろうとする。


「まったく……」


「えっと、香登君……ごめんね?」


 私がそういうと、香登君はこっちにようやく目を向けてくれた。


「謝る必要はない、僕が無愛想なのは本当の事だ……こういう物に誘われたのは、初めてだからな」


「初めて……?」


「ふつう、こんな無愛想な奴を誘うほど暇な連中はいない」


 香登君がそういって、みんなが苦笑いした……その瞬間。



「…………!!!!」



 急に、香登君が血相を変えた。

 そして太一君のほうに振り返って彼の胸元をつかむと……


「なっ……!!」


 太一君をいつの間にかグルンと投げ飛ばした!!


「いってえ!!?」


「た、太一君!!大丈夫!?」


「うお、だ、大丈夫です……って、待て香登てめ!!」


 慌てて駆け寄ると何故か一瞬嬉しそうにした太一君は、すぐに出て行った香登君を追いに行ってしまった。


「あわわ、ど、どうしよう美香!!」


「うわー全身が半回転するほどにすごい投げ技を綺麗に食らってたよね太一君、太一くんも受け身でもとったのかねぃ?」


「そうだねぇ……ちゃう!!このままだと折角新しく作った人助け委員がバラバラになっちゃうよ!!」


「おっとそうだった!!よぉし最初の活動は香登君の確保だ、続けーい!!」


 美香ははっとするとまた面白いものを見つけたかのように楽しそうにこぶしを振り上げて二人の後を追って行った。

 そうだった、美香は非日常と非常識をこよなく愛するんだった!!


「うぅう、もう!!まってよぉ!!」


 結局私も三人を止めに行くために少し遅れて追いかけていったのです。





「はぁ、はぁ……ふぅ、三人ともどこ行ったのお?」


 学校を出たは良いですが、みんな足が速すぎる。

 私はあっという間にみんなを見失って、青銅欄をとぼとぼと歩きまわることになってしまった。


「香登くーん、美香ぁー、太一くーん」


 みんなを呼んでも返事がない、それどころか……なんだろう、誰もいないことに気が付いたのは私がそこ(・・)に足を踏み入れてすぐでした。

 霧に包まれた、見知らぬ景色……いいや、家のすぐ近くの公園だとわかるのに、何故かそこじゃないと思えてしまう。

 立ち上る霧さえもどこか不自然で……なんでだろう、怖い?


「みんなぁ、どこいったのー?」



「晶水!!伏せろ!!」



「ふゃあ!?わ、わぁっ…!?」


 言われるがままに伏せると、頭の上を何かが通り過ぎた。

 その事実に恐怖して、私は思わずその場から二三歩走って距離をとった。

 そして振り返る……私は、そこに居る『何か』を目にして、目を疑った。


『□□……□□□□……』


 それは、声だけど声じゃない……そんな『音のようなもの』を発しながら、よたよたと歩いていた。

 でもそれは人間じゃなくて、動物でもなくて、ロボットでもおもちゃでもなくて……

 白い霧の中にいてなお目立つ真っ白の『影』……まるで、空間を丸く切り取ったかのような何か。


『□□□□□!!!!』


 それは雄たけびを上げると、触手のような手足を使って私めがけ音もなく走ってきた。


「やっ……やああぁぁぁぁ!!!!」


 その場にうずくまって悲鳴を上げると、ゴギンと凄まじい音があたりに響いた。


「……ぇ?」


「はやく、逃げろ!!」


 触腕を振り下ろしたそれを受け止めていたのは、香登君だった。

 受け止めた腕にはなにか機械の基盤みたいな光る模様が走っていて、そこから見たこともない文字のようなものが放電しながらぱらぱらと落ちている。


「か、香登君!!」


「良いから早く!!くそっ……」


励起せよ(インヴォケーション)(アウラ)!!!!」


 香登君が聞いたこともない何かを詠唱すると、彼の服に浮かぶ模様がまばゆい光を放って白い影を押しのけた。

 何が起こったのかわからずに困っている私の手を握って、香登君は叫んだ。


「早く走れ!!」



 走る、走る、走る……ついには学校の前にまでついたけど、やっぱり霧の立ち込める見たことない空間で誰もいない。


「なんで、さっきまで皆居たのに……!!」


「恐らく何らかの要因で深化空間の展開に巻き込まれたんだ、ここは誰かが見ている学校とは違う学校で……ああくそ、わかりやすく言えば獲物を閉じ込める結界だ」


 言いたくもないことを喋るように、苦虫をかみつぶすような焦った表情で香登君は言った。


「結界……?」


「あの『ブランク』……白い影を見ただろう?」


 香登君の言葉に、あの怪物を思い浮かべて私は青ざめた顔でうなづいた。


「あれは、魔術師に『意味ルーン』を奪われた人間のなれの果てだ……被害者だが、魔術師の魔術で意味を求めて彷徨うようにされている……そうなれば最後、魔術師に意味を集めて献上するだけの傀儡になってしまう」


 ……香登君が言ったことの半分も理解できなかった。

 噛み砕いて理解していくと、あの怪物は悪い人になにか大切なものを奪われた人。

 そして、怪物にされたということ……らしい。


「そんな、どうにかできないの!?」


「かりそめの意味を与えて一時的に人間に戻すことはできる……だが一時しのぎだ、魔術師本人を探して潰さないことにはな……!!」


 香登君が舌打ちする、逃げ切れてはいないようだ。

 白い影は緩慢な動きには似合わないスピードで、道の向こうからこっちに迫ってきていた。


 まじゅつし……まじゅつ……小説やゲームでしか聞くことのない言葉、でもこの状況を見ればいやでもわかる。

 これは現実で、それが何を意味するものだとしても……香登君は魔術を知ってるっていう事を。


「香登君……君って、一体……」


偽装解放(ステルスアウト)導力着火(イグニッション)


 白い影に向き直った香登君は、その右手にはめている光の基盤を操作する。

 すると──光の基盤が隠していたであろう機械の籠手が姿を表して、ウゥンとモーターのような駆動音を鳴らした。


「同族殺しさ……魔術師を殺すために、魔術を手に入れた……同族殺しの魔術師だ!!」


 嘲笑うようにそう言って香登君は足をたたく。

 すると学ランのズボンにもさっきの模様が走り、跳躍した彼は白い影に目掛けてありえない速度で走り出した。

 そして籠手の拳をきつく締めると、香登君は白い影に殴り掛かっていた。


「香登君!!」


「関わるな、晶水!!」


 ……!!

 そう言われて、私は駆け寄ろうとした足を止めた。

 香登君は素早い動きで怪物の拳をいなしながら、叫び続けた。


「これは魔術師同士の問題だ、子供が関わるな!!

同じところに来るな──死ぬぞ!!!!」


 香登君の言葉に私の胸がずきりと痛みだした。


仮想意味付与術式(ルーンタイパー)起動……」


 そして、香登君がその白い影に光る文字を浮かべたこぶしを打ち込もうとしたその瞬間……その拳が、後ろからつかまれた。


「しまっ……うあああああ!!!!」


 いつのまにか、私も香登君も気づかないほどに存在感の薄いもう一つの白い影が後ろから姿を表して香登君を抱き上げた。

 そして、バチバチを放電しながら香登君は悲鳴を上げる。

 全身から文字のようなものがぼとぼとと落ちては白い影たちに吸収されていく。

 そして、香登君までも色が薄くなっていって……白く染まろうとしていた。


「晶……み…ず……逃げ……ろぉっ!!」


 残った体力を絞り出すように、香登君は声を上げる。

 香登君の対峙していたもう一つの白い影が私めがけて走り出した。


「………っぁ」


 私は、何処に足を突っ込みかけている?

 目の前の現実に引き寄せられて……

 なんで引かれる?なんでこんな場所が見える?

 死んじゃうかもしれない

 そんなどうでもいいかもしれないことが頭をぐるぐるとまわる。 




『ふつう、こんな無愛想な奴を誘うほど暇な連中はいない』


『謝る必要はない、僕が無愛想なのは本当の事だ……こういう物に誘われたのは、初めてだからな』


『でもおばさんマルコちゃんが心配だからねぇ?』




『……ごめんなさい、私のせいで……』





「……っ!!」


 ズキン、とまた私の胸が痛み出した。

 そうだ、私は……死ぬよりも怖いものがあるって……とっくに知っている!!


「あああっ!!!!」


 運動神経が足りない私でも、昔やったお父さんとのキャッチボールで飛んでるものがどこにおちるかくらいはわかる。

 それは土壇場で限界を超えた結果か、私は運よく私に向かう白い影の脇の下を潜り抜けて……そのまま香登君を抱きしめる白い影に後ろから体当たりした。


『……□□!?』


 白い影は驚いたのか、色が薄くなった香登君を話してこっちに振り向いた。


「はぁっ……はぁ……っ!?」


 『食事』を邪魔されて怒っているのか、白い影はすぐに放電して私から文字を奪うことなく……そのままに腕をまわししめつけてきた。


「うあっ、あ、あ……」


 苦しい、痛い、誰か……いや、私は……このまま誰かに助けを求め続けるなんて嫌だ。

 このままじゃ、香登君も私も助からない……だから!!


「『この魂に憐れみを』」


 どこかで聞いた、優しい声が響いた。

 その瞬間、どこからか黄金の光が飛んできて私を抱く白い影の腕を切り裂いた。


『□□□□□□□□□□!!!!?』


「っは、あ……あっ」


 白い影は悲鳴を上げながら私の体を離した、切り裂かれた腕は輪郭と色が元に戻って傷一つない人間のそれになっていた。

 しかし、影は痛みを訴える。中途半端に戻ったからか、人間の部分とそうでない部分が痛みを訴えているのか……その姿は、ひどく、哀れだった。


「助けてみない?」


「……え?」


 ふいに頭の上から話しかけられて、私は顔を上げた。

 その声の主は、私を見下ろす鳥類の羽が生えたような真っ白いトカゲ…?いや、とても小さい竜のような生き物だった。

 その頭の上には、黄色く光り小さいわっか。

 その足には金色の腕輪がぶら下がっている。


「今の……君が?」


 もう今の私には何でも信じることができた。小さい竜が怪物の腕を人間に戻したことも、その竜がしゃべったことも。


「私は、第十魔法の権能球セフィラを司る守護聖天使……サンダルフォン。あなたは何を願ったの?」


 その問いに、私はすぐに『理解』した……この子は、私の願いを叶えに来たものだと。

 だから、私は包み隠さず自分に言えることを口に出した。


「……私は、晶水マルコ……私は……変わりたい!」


 サンダルフォンの足にぶら下がる黄金の腕輪へと、手を伸ばす。


「あんなになって……誰かに誘ってもらうことも忘れるくらい戦っている香登君を……怪物にされて痛みに苦しむあの影たちを……みんな、助けたい!!!!」


 右手に、腕輪を掴み取る。



「 誰かを助けられる、私になりたい!!!! 」



 その瞬間、腕輪が鐘のように重く甲高い音とともに輝く無数の欠片へと分解した。

 それらが私と香登君を囲うと、その範囲を黄金の光る風が包み込んだ。





 私の来ていた衣服が、黄金の風に溶けるように消えていく。

 そして、振り上げた腕に腕輪の欠片が集まり、旋回する。


 心地良い風の中から、頭の中に膨大な量の情報が入ってきた。


 この力の名前、使い方、そしてそれに選ばれたのが……私という事。


 髪の色があずき色から檸檬色に、変わっていく……

 そして私は熱に浮かされるように目と口を開いた。


「『奇跡はここに顕現する……』」


 それらの言葉一つ一つが世界の紡ぐ言霊、継承に必要な儀式の一環。

 欠片の一つ一つが質量を越えて変型して新しい黄金の『』が生まれ出る。

 それは私の全身を覆うように回転していく。


「『私は第十の権能たる虹色球の祝福をうけし者!!』」


 欠片の輪収縮し胸と腰に絡まると、それは若草色のスカートと衣服になった。

 足に絡まると、それは茶色の靴となった。

 腕に絡まると、それは皮鎧のような腕甲となった。


「『この世に新たな則と理を敷く者!!』」


 服の上から欠片の輪が私の胸を締め、皮鎧のようになって襟のようにスカーフが伸びた。 

 そして欠片の輪がいくつも重なって大きなベレー帽になると私の頭に覆いかぶさる。

 それを被り直すと、突きだした右腕の周りで残る欠片が機械的に組合わさっていく。

 足りないパーツを補って完全な元の形に戻った腕輪がガヂンと重い音を立てて右腕に収まると、私は水色の光を称えた両目を開きこの世界に最後の言霊を放つ。


「私は、王国マルクトの魔法使い!!!!」


 サンダルフォンが黄金の剣へと姿を変えて回転しながら私の腕に収まり、その一振りで黄金の風が晴れる。



 私は再び霧の校舎に姿を現した。





 そしてわたしは、急に冷静になった。


「……え、ええっ!?へ、変身した!?」


 急激な状況の変化に戸惑っていると、黄金の剣となったサンダルフォンが声を上げた。


『そんなこと気にしてる暇ない!!来るわよ!?』


「え。わあぁ!?」


 ガギン!!!! と、とっさに構えたサンダルフォンに白い影の拳が命中する。

 もう一体もまた私にこぶしを振りかぶって突進してきた。


「くっ……ごめん、サンダルちゃん!!」


『サンダルちゃん!!?』


 私はサンダルフォンを振りぬいて影の拳を押しのけると、またそれを盾代わりにしてもう一体の拳を防御した。


『長いならエリヤで良いわ、こんなの受け止められないで神の最後の剣は務まんないわ!!』


 今度はサンダルフォン……エリヤから黄金色の光が放たれて白い影たちを押しのけた。


『ドラウプニルはこの世界のあらゆる流れをつかさどる貴女の魔法の力!!

ブランクは意味とそこから得られる魔力を失った怪物だけど、生き物だからこそ魔力さえ与えれば失った意味を再生させることができる!!』


「わ、わかった!!」


 意味っていうのが良くわからないけど……つまり、この影たちは傷を負ってる……その傷を癒す力を分け与えればいい……そういっていることを理解する。

 なんでかはわからないけど、今の私にはそれがとても簡単なことに感じられた。

 体も思ったように動くし……この腕輪が、力を貸してくれる!!


「円環のドラウプニル!!」


 腕輪の名を呼ぶと、ドラウプニルは欠片を飛ばしそれに応えてくれた。

 そして二つの欠片は私のイメージ通りに飛んでいくと、影たちの腕を捉えるように枷輪へと変形した。


『□□□!?』


「巡って!!」


 私の言葉に従って、その輪を通じるように大気中に流れる大きな力が影の体を貫いた。

 その力は強すぎる程の癒しの力、貫かれた白い影はその体に新しい虹色の文字を浮かべていきながら苦悶の声をあげる。


『『□□□□□□□□□□□□□□□□□□!!』』


「やった……!?」


『まだ、魔術師の呪いを断ち切って!!そのための最後の剣(あたし)よ!!』


 エリヤに言われるがままに、私はエリヤを振りぬいてよろめいたまま放心する二つの陰に突進した。


「っりゃぁぁぁぁぁあああああ!!」


 ザ キュ ン!!


 と、肉体ではない何かを、確かに断ち切った感触がした。

 白い影たちの体に張り付いた黒い紋章がパックリと割れ、尽きかけの蛍光灯のように点滅すると……完全に消失した。


「修正……完了!」


 そういった瞬間、白い影たちはバシュンと音を立てて学校の先生達の姿に戻ってその場に倒れ伏した。


「はっ……はっ……かがと、くん?」


 確認すると、白い影の紋章と一緒に飛び散った文字がパラパラと香登君の体に再び集まっていく。

 そして香登君の色は、完全に元に戻っていった。


「はぁ……はぁ……ふう」


 それを確認すると安心した私はその場で意識を手放した。





「おっとと、安心するにはまだ早いわよん」


 片手で術式を組み、非観測空間を維持しながら私は意識を失ったマルコちゃんを抱きとめた。

 さすがに工程の真ん中にいきなり気絶した教師と生徒が一緒に出現とか、シャレにならないものね!


「しかし、派手にデビューしたものねぇ……まずは上々といった具合かしらん?」


『あんた……何?』


 金色の剣から声がした、そうか……この子の天使になったときリセットされたのね。


「はじめまして、天使さん♪」


 私はにっこりと、営業スマイルを浮かべた。


「私は魔女よ……何れはあなた達の越えるべき壁になる」




「悪い魔女のトゥルーデおばさん……ね♪」





 私は、屋上から彼女たちを見下ろしていた。

 対象3つ……王国の覚醒して間もない魔法使い。

 黒衣の男性魔術師……

 黒衣の……魔術師?分類不能、魔法使いの可能性あり。


「殺しちゃう?」


『やめろ、一人は薔薇十字の騎士だ』


 手に持った銀の(カーテナ)が強く止める。

 じゃあ、やめよう。


「マルクト……魔法使い」


 私は、彼女に興味を持った。

 彼女の持つ意味であれば、のるまは達成できそう……でも、エノクに止められた。


「今は……様子見?」


『それが良い』


 賛成された、嬉しい、嬉しい……

 いつか、ノルマを超えられたら……あの人にも、誉めて貰えるかな……。


魔法……それは願いをかなえる奇跡の力。

魔術……それは代償を伴ってでも奇跡を願う人間の技術。


二つの力は、持つ者と持たざる者を明確に分ける。

それがいい意味でも、わるい意味でも……


ただ、少女の目にはその世界はどう映るだろうか。



△2nd.魔術師と魔法使い(A seeker of desire)



「それでも、魔術師は自分の窮極の目的──神理を叶えようとする。必ずしも幸せなこととは限らないのに……ね?」

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