危機感
僕は、ギルド内が慌ただしくなっている中、さっきの二人組について考えていた。メガアルラウネのことを知っているいじょう、あいつの仲間の可能性が高いと僕は思った。
僕の脳裏に黒い外套の男とローズクイーンの姿が過ぎった。
だが、僕はすぐに頭を振って否定した。
あれだけの火力を持った、エリダヌス座の一撃を受けてあいつらが生き残っているわけがない。
だけど、そうするとあの二人組は何者なんだ?
僕は、しばらく頭を悩ませて、一つの可能性を導き出した。
ひょっとするとあいつは、個人ではなく、組織で搾取ローズの実験をしていたのではないかと。
それなら、連絡がつかなくなったあいつの足跡を調べる可能性は十分にあるはずだ。
アースターに存在する種族の中には、ノルニルという過去視の能力を持つ種族や、残留思念を読み取るサイコメトリーの能力を持つサイキックという種族も小数だが存在する。それらが、あいつの仲間にいる可能性は否定出来ないし、他にも遠方の様子を知るスキルも多数存在する。
故に、あいつに仲間がいると仮定した場合、あいつの仲間が僕にたどり着く可能性は決してゼロではない。
とすれば、僕の取るべき行動は簡単だ。あの二人組と接触して情報収集を行い、もしもあの二人組があいつの仲間なら、始末する。違うのならば、二人組の要求を聞いてから妥協点を探せばいいだろう。
けれど、あいつの仲間の方が都合がいいか?
なんせ、あいつのサンプルとして捕まった人がおよそ十人。死体が見つかっているのが五人。だから、約半数が行方不明のままなんだもんな。
搾取ローズの時のように、あいつの実験の餌食になっているか、まだ生き残っているのかも不明だけど、助けられるなら助けてあげたいしな。
けど、あの二人組が、あいつの置き土産の場合もあるかな?例えば、人型の人造魔物とか?その方がより深刻か?その場合は、搾取ローズか、あるいは別の奴が他の場所でローズクイーンになった時のような変化を起こしている可能性が出て来る。そうなると、被害は目もあてられないだろうからな。
僕は、ローズクイーンの強さを思い出してそう思った。
そして、僕みたいなチート以外が戦えば、かなりの被害が出ることが簡単に想像出来た。
栄養を搾取する茨に、任意で大量放出出来るバラの花びら。視界をふさぎ、背後から奇襲をかけることを考えられる知能。そして、一瞬で背後に回り込める機動力と、メガアルラウネに致命傷を負わせるだけの攻撃力。
これだけの要素を併せ持つ魔物がいたという事実。さらに、その搾取ローズ・ローズクイーンが何者かの手による人為的な存在であることも含めると、危険性が頭の痛いレベルになってきた。
こんな魔物の存在を、初見で判断出来るわけがない。僕だって、自分で見ていない状態で人から搾取ローズ・ローズクイーンの話をされても信じられなかっただろう。
だから、この考えはそのまま今周りにいる冒険者や、冒険者ギルドの人達にも当て嵌まる。
メリアさんは、搾取ローズ・ローズクイーンの存在を信じてくれるだろう。そして、昨日の森の異変を見た冒険者達も、信じてくれる可能性はある。さらに、僕のアイテムボックスの中には、件の冒険者達の死体が入っている。この死体を証拠として提出すれば、その死体の状態と、その死体の人物の殺されたという事実から、僕の話を信じてくれるだろう。
けれど、それ以外の人達はどうか?おそらくは、信じてくれないだろう。そして、その信じてくれなかった人達が搾取ローズ・ローズクイーンのお仲間に出会ったらどうなるのか、簡単に想像がつく。
僕の脳裏には、全滅の二文字がくっきりと浮かんだ。
それを阻止する為には、どうすればいいか考えてみる。
だけど、良案は思い付かなかった。
というか、人の行動や判断を想定も管理も出来ないいじょう、犠牲者・被害者を出さないのは不可能だ。
僕は、視線をメリアさんに向けた。
ならば、メリアさんを、冒険者ギルドを通じて、被害を出来るだけ少なくする方向に持っていくのが、今僕に出来る最善だ。
僕は、話の持って行き方を思案し始めた。
そして、しばらくして、ようやく周囲が落ち着き出した。
「あ、アスト君」
メリアさんが、声を震わせながら僕に声をかけてきた。
「何ですかメリアさん?」
「その、アスト君は、どうしてそのアルラウネに知能があることがわかったのか聞いてもいいかしら?」
「大丈夫です。アルラウネに知能があることがわかった理由は、簡単です。そのアルラウネが話てる場面を、この目で目撃したからです」
「そうなの。それで、アルラウネは誰と話ていたの?」
「話ていた相手は、さっき話た杖を持った魔法使いとモグラのビーストの二人です」
「ああ、さっきの二人組の。けれど、それだとおかしくないかしら?だって、さっきアスト君は、その二人組の戦いを見ていただけだって、言ってたじゃない。どういうことなの?」
「簡単ですよメリアさん。僕が見た戦いというのは、その二人組とアルラウネ、そして、その後にみつけた黒い外套の人物の間で起こった戦いのことです」
「そ、そうなの。そ、それで、何故その人達は戦ったの?」
「それは、メリアさん達が知りたがっていたこととも関係があります」
「私達が知りたがっていたこと?それってまさか?」
「はい、その黒い外套の人物こそが、森で人を行方不明にしていた犯人です」
「なんですって!それじゃあアスト君は、行方不明になった人達が今どうしているのか知っているの!?」
メリアさんは、僕の方に身を乗り出しながら、聞いてきた。
「半数の人達については知っています」
「そ、それで、冒険者の人達は、どうなっているの?」
「黒い外套の人物の実験の犠牲になって、亡くなられました」
「そんな」
バタン。
そう言ってメリアさんは、後ろに倒れた。
「メリアさん?メリアさん!」
僕と周囲の人達は、慌ててメリアさんに駆け寄った。
「メリアさん、どうしたんですか?」
僕は、倒れたメリアさんを抱き起こしながら聞いた。
「あ、アスト君。ほ、本当なの?冒険者の人達が、な、亡くなったというのわ?」
「はい、残念ながら。遺体の方は、さっきの人達の戦いの後に僕が回収しましたから」
「そ、それじゃあ教えてアスト君。君が回収した遺体の中に、赤髪紅眼の二十代前半くらいの私よりも背の高いヒューマンは、い、いるかしら?」
メリアさんは、奮える声でそう尋ねてきた。
僕は、回収した遺体の容姿を思い返してみたが、メリアさんが言うような、目立つ外見の遺体に心当たりがなかった。なので。
「いえ、回収した遺体の中に、そんな目立つ外見の人物はいませんでしたよ」
僕がそう言うと、メリアさんの眼から涙がこぼれた。
「そう、そうなの。じゃあ、あの人の死は確定していないのね」
それからメリアさんは、少しの間泣きつづけた。
「ごめんなさいねアスト君。待ってもらっちゃって」
メリアさんは、涙を拭いながらそう言った。
「いえ、けれど僕の話の中に、何か気になる点がありましたか?」
聞いてはみたものの、メリアさんの質問からすると、行方不明の冒険者の中に、メリアさんにとって大切な人がいたことを想像するのは難しくはなかった。
「ええ、アスト君には言っていなかったけど、行方不明になった冒険者の中には、私の恋人もいたの。フォルティスって、いってね。二日前に森に行ったっ切り返ってきていないの」
「そうなんですか」
やっぱりか。
「ねぇ、アスト君」
「何ですか?」
「さっき君は、冒険者の人達が、黒い外套の人物の実験の犠牲になったって、言ってたわよね」
「はい、言いました」
「じゃあ、その人物の行った実験の内容と、遺体が見つかっていない人達が何処にいるのか、何でもいいから教えてちょうだい。お願い」
「わかりました。詳しいことははしょりますけど、その人物が行った実験は、人造の魔物を生み出すことと、その生み出した魔物を成長させることの二点です」
「人造の魔物?その人物は、人工的に魔物を生み出したというのアスト君!?」
「そうです。やっぱり信じられませんよね、こんな話」
「いえ、逆に納得がいったは、確かにこんな内容じゃあ、アスト君が話たがらないのも当然ね。それで、もう一つの質問の方はどうかしら?」
「魔法使いとアルラウネが話ていた内容からすると、約十人の人達が黒い外套の人物に捕まっていた筈です」
「私達が把握している人数と同じね」
「ですが、人造の魔物の養分になっていたのは、その内半分の五人。それ以外の人達については、捕まったままの筈です。ですが、黒い外套の人物が人造の魔物もろとも、魔法使いの魔法で吹き飛ばされて生死不明の為、手懸かり無しです」
「そう」
メリアさんは、恋人の無事が確認出来なくて肩を落とした。
「メリアさん」
「大丈夫よアスト君。まだ死んだと決まったわけじゃないんだから」
「そうですね」
たしかに、まだ諦めるのは早いだろう。メリアさんの恋人が生きていることを僕も心から願う。
「最後にその人造の魔物の能力なんかを教えてくれる?」
「わかりました」
僕は、さっき思い浮かべた搾取ローズとローズクイーンの能力をメリアさんに教えた。
「出鱈目ね。Sランクに匹敵するだろうアルラウネを一撃で倒す魔物なんて。悪夢以外の何ものでもないわね」
「メリアさん、この情報を役立てて下さいね」
「わかっているわアスト君。判断を下すのはギルドマスターだけど、私も出来る限りのことはするわ」
「よろしくお願いします。それから、亡くなれた人達の弔いもお願いします」
僕はそう言って、アイテムボックスから五人分の遺体を引き出した。
「わかったは、この人達のことは私達に任せて。それと、一角ウサギの角も出して。依頼報酬を渡すから」
「わかりました」
僕は、アイテムボックスから一角ウサギの角を五つ取り出してメリアさんに渡した。
「たしかに。それじゃあはい、報酬の30ゴルドよ」
そう言ってメリアさんは、革袋を渡してきた。
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
そう言って僕は、メリアさんと別れ、さっきの二人組を探した。
そして、ギルドの扉の前にいた二人を見つけ、二人の傍に移動した。
「お待たせいたしました。行きましょう」
「わかった」
そのまま僕達は、ギルドを後にした。




