悠渡友種
彼女について行くことしばらく。前を移動する彼女が移動を止めた。それに合わせて僕もヒュドラを止めた。
「目的地についたのかい?」
「ええ、ただ、昨日まではなかったものがあるのよね」
彼女は困惑しているようだ。
僕は、彼女の視線の先にあるものに目を向けた。
「うえ~」
僕はそれを見て、思わず顔をしかめた。そこには毒々しい色のバラが咲いていたのだ。
「あれの地下ら辺に例のやつはいるんだよな?」
「ええ、そのはずよ」
そうなると、地下のやつが栄養を吸収して地表に出て来たってことか。そんなことを考えつつ、バラを観察していると気になるものがあった。
「うん?」
バラの根元で何かが光ったように見えた。
「どうかしたの?」
「どうかしやしたか?」
メガアルラウネとグラットが不思議そうに問い掛けてきた。
「いや、あれのそばで何かが光ったような気がしたから何かなと思ってさ」
「うーんと」
「どれどれ」
二人もバラの根元を観察し始めた。
「あら、確かに何か光っているわね」
「オレにも見えやした。何でやすかねあれ?」
「わからない。けど、気になるな」
「私も気になるわ」
「じゃあ、オレが取り寄せやしょうか?」
「取り寄せるって、どうやって?」
「まあ見ていてくだせぇい」
そう言ってグラットはつるはしを地面に振り下ろした。
土を引っ張って取り寄せるのかと思ったが、今回はつるはしをすぐには振り上げなかった。
「あら!?どうなっているのかしら」
メガアルラウネから驚きの声が上がった。
「どうかしたのか?」
「あれを見て」
「あれ?」
彼女の見ている先に視線を向けると、バラの方から何かが急接近して来た。
「なんだ、あれわ?」
よく見ると、ヒュドラの手前にある地面が沈み込み、そこからバラまでの間にある地面がまるでコンベアのようにこちらに向かって移動して来る。こちらに急接近して来ている何かは、そのコンベアみたいな地面で移動して来ているようだ。そうして、あっという間にそれは僕達の目の前に到着した。
「どんなもんでさぁ」
グラットは得意げに言った。
「あなた面白いことが出来るのね」
彼女は瞳を輝かせながらグラットにそう言った。
「ほ、褒めても何もでやせんぜぇ」
グラットは褒められて満更でもないようだ。
その光景を横目で見ながら、結局何が光ってたのかと、移動して来たものの確認をした。
「うげぇ」
僕はそれを見て顔をしかめた。そこにあったのは、無数の穴が空き、からからに乾ききった複数の武装した人達の死体だった。どうやら剣や鎧の類いが光ってたらしい。
「どうかしたの?」
「どうしやした?」
僕のうめき声に反応した二人が話をやめてこちらを見てきた。
「いや、これ見て見ろよ」
僕は二人に死体を見せながら、僕の方は死体から視線を逸らした。初めて見る人の死体がこれだと、トラウマになりそうだ。こっちの世界では、魔物のせいもあって人の死はわりと身近だとはいえ、最初からこれだと気がめげそうだ。
「う、これは酷いわね」
「うえ、いったいどうしたらこうなるんでさぁ?」
二人にしても、見ていて気分のいいものではないらしく、少し見たら僕同様すぐに視線を逸らした。
「森の木と同じように栄養を搾り取られたんだろうな」
「多分そうね。私の友達も同じようになっていたわ」
彼女は友達のことを思い出したのだろう、悲しそうな声で同意した。
悲しんでいる彼女には悪いと思ったが、気になることがあるので彼女に質問した。
「メガアルラウネ、黒い外套の人物に連れて行かれたっていうのはこの人達か?」
「え、ちょっと待ってね」
彼女は視線を死体に戻し、しばらく考え込んだ。
「うんと、干からびていて顔とか体格はわからないけれど、装備の方には見覚えがあるから多分そうだと思うわ」
となると、餌というのは言葉そのままのことであいつの餌ということか。
「あいつを倒したら墓を建てなきゃな」
そう考えて墓に入れる死体の数を数えた。
「うん?」
数えてみたところ数が合わなかった。連れて行かれたのは十人と聞いていたのに、半分の五人分の死体しかなかった。
「なあメガアルラウネ、死体の数が足りなくないか?」
「確かに十人連れて行かれたはずなんだけれど?」
彼女としても、死体が足りない理由はわからないようだ。
ふと、ここに来る前に彼女から聞いた話の内容を思い出した。
「そういえば、黒い外套の人物は餌とサンプルどちらにしようかって、言ってたんだよな?」
彼女に確認してみる。
「ええ、そう言ってたはずよ」
「となると、残り半分の人達はサンプルとしてどこか別の場所にいるのかな?」
「彼らなら私の実験に協力してもらっていますよ」
唐突に穏やかな中年の男性の声でそんな言葉が僕達のもとに投げかけられた。
「誰だ!」
僕達は驚いて、慌てて声の主を捜した。
「こっちですよ。こっち」
声のする方を見ると、いつのまにか毒々しいバラの傍に黒い外套を纏った誰かが立っていた。
「ああ!、あいつよ、冒険者達を連れて行ったのわ!」
メガアルラウネが黒い外套の人物を見て、そう叫んだ。
「おや?そちらのお嬢さんは、私が冒険者達を連れ去ったことをご存知なんですかな?」
相手は彼女の言葉に疑問を持ったようだ。僕の方も相手の言葉に疑問を持った。
「ええ、あなたが彼らを連れ去った現場にいたから当然知っているわよ」
「それはおかしいですね、私が彼らを連れて行くときに周りにいたのは複数の魔物達だけで、お嬢さんの姿はなかったと思いますが?」
「そうね、この姿の私はいなかったわね」
「この姿でというと、別の姿であの場にいたということですかな?」
「ええ、そうよ。私は友達の魔物達の姿であの場にいたわ」
「ほほう。姿を変えるスキルをお持ちなのですかな?」
そういえば僕も彼女から、どうやって魔物達と友達になって、あまつさえ一緒に行動させたのか聞いていなかったな。
「いいえ、違うわ」
「姿を変えるスキルの類いではないと?」
「ええ、そうよ。私のスキルは悠渡友種。自身の種を他者に宿し、宿主と友達になり私の種を広範囲に蒔いてもらう能力よ」
「ほう、私の知らないスキルですな」
やつは好奇心に目を輝かせながら、興味深そうに彼女を見ていた。
それを見て、僕は嫌悪感を覚えた。そしてまた、やつ同様に彼女のスキルの詳細を知りたいと思った。
「初めて知るスキルですが、友達になることと、あの場にいたという話には関係性を見出だせませんな?」
「そうでもないわ。このスキルは、種と私が繋がっていて同じ意思を共有化しているのよ。そして、私は宿主と意思の疎通が可能なの。この意味がわかる?」
「なるほど、あそこにいた魔物達の一体一体があなたの種を宿していたということなら、あなたは精神だけがあの場にいたというわけですか。実に興味深い。是非あなたも私のサンプルにしたいですな」
いい笑顔でそんなことを言うそいつに対して、僕は強い嫌悪感を覚えた。
それにしても、彼女のスキルは強力だな。やろうと思えば、かなり幅広いことが出来そうだ。そして、今の話で魔物達が一緒に行動出来たわけもわかった。つまり彼女がお互いの意思が通じない彼らの橋渡しをしていたってことだ。意思が通じるなら、余計な衝突は発生しないだろうからな。
「サンプルなんてごめんこうむるわ!あんたの後ろのやつに干物にされたみんなの仇を討ってやるんだから!」
そう言って彼女は、現在脚になっている茨を外套の人物と、その後ろにある毒々しいバラ目掛けて、殺到させた。
「返り討ちにしてあげますよお嬢さん。行きなさい、我が傑作搾取ローズ!」
あちらも負けじと応戦した。
こうして、僕の、僕達の戦いは開始された。




