検証
僕とグラットは今は枯れ果てた木々しかない森を移動している。さっきまではちらほらあった森の緑も全く見かけなくなってしまった。
「どれだけ枯れているんだこの森?」
そう言わずにはいられない程酷いありさまだった。
「アスト様、どうやらゴールが近いようですぜぇ」
グラットは正面のある一点を見ながら言った。
そう言われて僕は、視線をグラットが見ている方へと向けた。
「何だあれ?」
向けた視線の先にあったのは、茶色い景色の中でただひとつ異彩を放つ鮮やかな赤いバラだった。ただし、サイズは普通ではなかった。距離はかなり離れているにもかかわらず、花びらの一枚一枚、花を守るように周囲を取り巻く茨の一本一本が目視可能なほど巨大だった。バラの近くにある枯れた木と比較すると、二倍近く大きい。今まであった枯れ木が自分の背の二倍ぐらいの大きさだったから、側の枯れ木の大きさが同じぐらいだとするとあのバラの大きさは、高さだけでも自分の約四倍はあるだろう。周囲の木々は枯れているのにもかかわらず、そのバラだけが大きく、鮮やかに咲き誇る姿はかなり異様だった。
「ああ、展開が読めたな」
僕はこの先の展開がだいたい読めてげんなりした。
枯れ果てた森の中で異彩を放つ何かがあれば、それは現状の原因である可能性はゲームのイベントと同じくらい確実で、かつ回避不可能だろうと思った。
「展開がどうしたんでさぁアスト様?」
グラットには今の言い方だと僕の意図が伝わらなかったようだ。
「決まっているだろう。さっきグラットが自分で言ってたじゃないか、ゴールが近いって。今の場合だと、ゴールイコール今までの状況を演出していたやつとのボス戦だよ。そうなる可能性はかなり高いと思うぞ」
「ボス戦になるんで?」
「ここまで目立っておいてボスじゃなかったらそっちの方が驚きだよ」
「まあ確かにそうでやすね。それならアスト様はあれをなんだと思いやすか?」
「あれが何かっていえば、可能性としてはバラの魔物だろうな」
「いや、違いまさぁアスト様。オレが聞いたのは、魔物の種類の方でさぁ」
「種類?バラの魔物はいくつか知っているけど、あんなデカイのは記憶にないんだよな」
「アスト様でも知らないんで」
グラットは僕が知らないとは思ってなかったようで、びっくりした様子で僕を見ている。
僕のことをどれだけもの知りだと思っているんだか。
「グラット、所詮僕の知識は両親から教えてもらったものか、自分で読んだ本や図鑑のものなんだから、教えてもらわなかったことや読んだことのない本や図鑑に載っている知識は当然知らないんだ」
「ああ、まあそりゃ確かにそれが普通でさぁ」
グラットは納得したようだ。だけど急にこっちを見つめてきた。
「どうかしたのか?」
僕がなんで見つめてくるのか問い掛けると、グラットも問い掛けで返事をした。
「デカイことを除けばアスト様の知識にあのバラのような魔物に該当する魔物はいるんで?」
「ああ、三体ほど知っているな」
僕は昔読んだ本や図鑑の内容を思い出しながら答えた。
「その三体はどんなやつらなんで?」
「魔力変質型が二体、魔力収束型が一体だな。変質型の方は芳香バラと刺啜バラで、収束型の方がアルラウネというやつだ」
「変質型の方はなんとなく能力が想像できやすね」
「多分その想像で合ってると思うぞ」
芳香も刺啜もまんまの表現だからな。
「芳香バラは、自身から出る香を使って周囲にいる虫を使役するスキルを持ってる。そして刺啜バラの方は、地下や地上に茨を伸ばして周囲から栄養を啜り取るスキルを持っているんだ」
「アスト様、その二つのスキルで出来る状況をここ最近に見た感じがするんでやすが?」
確かに内容だけ聞くとそうなんだよな。
「操られた魔物達に枯れていた木々のことだろう?」
「そうでさぁ。アスト様はさっきはわからないって言ってやしたが知ってるんじゃないですか」
だけど本や図鑑に書いてあった内容を信じると、違うことになるんだよな。
「いや、識っているから知らないって言ったんだよ」
「どういう意味で?」
グラットは僕の返答を聞いて戸惑っているようだ。
「それはな、芳香バラのスキルは虫にしか効かないから一角ウサギとかには効果が無いはずだし、刺啜バラのスキルにいたってはあくまでも啜り取るだけで、枯らすほど栄養を奪うことはないんだよ」
「つまり、さっきアスト様が識っているから知らないと言った意味は、知っている効果に比べて効果が強力だったから違うと思ったってことでやすか?」
「ああそうだ。だけどあの姿を見ると、バラ系の魔物の新種かもしれないな」
どちらかというとその可能性が高いと思った。あるいは、ただたんに僕が知らないだけか?
「その可能性は高いと思いやすぜぇ。そういえば、収束型のアルラウネはどんな姿をしたやつなんで?」
「アルラウネの姿か?アルラウネは上半身が人型の美女、下半身が巨大な花という魔物だ」
「へぇ、人型の魔物なんでやすか。強いんで?」
ええと本で見たアルラウネの能力は確か。
「ああ、確か地属性の魔法といくつかのスキルを使うランクAの厄介なやつのはずだ」
「ランクA?そりゃまた強そうでさぁ」
確かに素体からして強いけど、それだけじゃないんだよな。
「単純に強いだけじゃなくて、男の冒険者の天敵だって話だよ」
「なんででさぁ?」
「アルラウネのスキルの中には魅了っていうのがあるんだけどな、魅了は耐性がないと必ず対象の男を虜にしちゃうそうなんだよ。魅了されたが最後、アルラウネの奴隷となるか精気を吸い尽くされて死ぬかの二択らしい」
自分としては、出来れば遭遇したくないタイプの魔物だな。
「そりゃ確かに男の天敵といえる魔物でさぁ」
グラットは顔をしかめた。
魔物の大体の説明も終わったことだし、そろそろ話を先に進めるかな。
「さて、説明はこれくらいにするとして、これからどうしようかな?」
説明したやつらよりも正面にいるやつの方が厄介そうだもんな。
「相手がああして堂々と待ち構えているんでやすから、正面から突っ込めばいいでさぁ!」
何と言うか、短絡的だなと思った。
「グラット、お前罠があるかもとか全然考慮してないだろ」
こんなんで大丈夫かと思った。なんというか、性格や行動パターンがアルトによく似ていた。だけどふと、そんなグラットの手助けをするのもいいかと思った。
「だけど、この際正面から行ってみるのもいいかもしれないな」
「どうしてでやすぅか?アスト様のおっしゃるとうり、オレの意見には罠のことなんか考慮に入れてませんぜぇ」
「そうだろうけどさ、考え過ぎて変なところで墓穴を掘る可能性もあるからな。転移でいつでも逃げられることだし、正面から当たりに行くのもありかと思うんだ」
「アスト様がそうお考えならば、オレはそれに従いやすぜぇ!」
「じゃあ正面から行くぞ」
「了解でさぁ!」
僕はヒュドラを巨大なバラに向かって前進させた。




