枯れた木々
僕達は開けた場所を抜けて、また鬱蒼とした森の中を進んで行く。ヒュドラの巨体で木々が倒れていくかと思ったが、倒れない方がいいと思っているせいかはわからないけれど、ヒュドラに触れた木々は何事もなかったようにヒュドラの中を透過していった。そんな感じでさらに奥へと進んで行くと、前方の景色がおかしなことになっていた。今までは鬱蒼としていて、生命力に溢れていた森の木々が枯れていた。緑色の景色に茶色が混じりだし、奥に行くほどにその範囲が広がっていった。
「なんだこれわ!?」
僕は困惑しながらも周囲の様子を確認した。枯れた木々の枝には葉が一つも残っておらず、幹もからからに渇いていた。根元には、枯れ葉が地面を覆い隠すほどに山積みになっていた。その量から見て、少しずつ枯れて落ちていったのではなく、一斉に枯れ葉となって地面に落ちたのだと思った。
「どうなっているんだ?」
気候が変わったわけでもないし、土地が変わったわけでもないのに、森の木々がこんな風に枯れ果てている理由が見当もつかなかった。
「アスト様、少し外に出してもらえやせんか?」
「危なくないか?」
僕は外に出ようとする従者モグラを心配した。木々が枯れている理由がわからないし、枯れた理由が自分達にも悪影響を及ぼす可能性があるのに大丈夫かと思ったのだ。
「外にある危険を、木々が枯れている原因を調べたいんでさぁ!」
「調べたいのはやまやまだけど、ヒュドラの外に出て大丈夫か?」
「大丈夫かわからないからオレが行くんでさぁ。アスト様を危険から守るのもオレの役目でさぁ!」
「気持ちは嬉しいけど、あんまり危ないことはしないでくれよ。アルトだけでも大変なんだから」
「あー、なるべく心配をかけないようにしやすぅ」
そう言って従者モグラは頭をさげた。
「なあ従者モグラ。さっき毒巣グモと戦っている時にやったみたいに離れた場所に穴をあけられるか?」
「このつるはしを地面に打ち込めれば可能でさぁ。けど、なんでまた穴なんて?」
従者モグラはつるはしを僕に見せながら首を傾げた。
「上の方は見た感じはただ枯れているだけで、とくに傷や腐食があるわけじゃないから多分土か根の方に問題があると思うんだ。だから土を遠距離から退かせるならわざわざ外に出る必要はないだろ」
「まあそれなら確かに外に出る必要はねぇえですね。了解しやしたアスト様。中からやりやすぅ」
従者モグラはヒュドラの中から外の土目掛けてつるはしを振り下ろした。そして、つるはしを振り上げるとさっきと同じようにつるはしの先端に引っ張られるように土が盛り上がっていた。反対に一番近くにあった木の周囲が陥没していった。その結果枯れていた木は支えを失い倒れていった。
「これでどうですかいアスト様」
「ああ、根はよく見えるようになったからこれでいいだろう」
そう言った後に僕は根に視線を向けた。
「なんだこれ!?」
根はあちこちに傷がついていてボロボロだった。
「虫にでも喰われたんですかねぇ?」
「多分違うだろうな」
「なんででぇすかい?」
「根を喰われて木が枯れたのなら葉がこんな風にまとめて枯れたり、落ち葉にはならないだろうからな。それに、この傷は喰われた後じゃなくて何か尖ったものによってついたように見えるんだ?」
従者モグラは木の根を確認しようとしてるのか、さっきよりも木に近づいて行った。
「確かにそうですぜぇアスト様、この木の根には所々穴が空いていやすから」
「そうか。それはそれで疑問が出てくるんだよな」
「疑問ですかい?」
「ああ。根が傷ついているのも、穴が空いているのもわかったけど、そのせいで木は枯れたのか?」
「確かに、普通なら傷ぐらいでは一気に枯れたりはしねぇはずですぜぇ」
「となると、傷をつけた何かに毒でもあったのか?」
「その可能性は高いと思いやすぜぇ」
「はあっ」
僕の口からため息が漏れた。
「やっぱり原因不明だと不気味だな。とりあえずは、さっきの毒巣グモと同じように毒に注意しておいた方がいいかな?」
僕は視線を落としながら従者モグラに問い掛けた。
「多分、それでいいと思いやすぜぇ。それに、このヒュドラならたいていのことには対処出来ますってアスト様」
従者モグラは元気づけるように肯定してくれた。
「そうだとは思うんだけどな、今までは魔物に遭っても本とかで知ってるやつばかりだったからよかったんだ。だけどここにきて知らない事態が発生していて不安なんだよ」
「大丈夫ですってアスト様!たとえ何があろうともオレがアスト様を守ってみせやすぜぇ!」
従者モグラは自信満々に胸をはって言い切った。
僕は従者モグラのこの言葉を聞いて、だいぶ不安が和らいだ。
「ありがとう従者モグラ」
そう言ってみたら少し考え込んだ。
「どうかしやしたか?」
「ああ、いや、そういえば従者モグラにはビットみたいに名前を送ってなかったなと思ってな」
「なんだ、そんなことでやしたか」
「従者モグラは名前欲しくないのか?」
「そりゃあ、アスト様につけてもらいたいでさぁ。けれども、オレから催促なんかできやせんからね。それに催促するつもり自体ありやせん」
「なんでだ?」
「そりゃあ当然ですぜぇアスト様。オレは、オレ達は、アスト様を助ける為に生まれ、アスト様に仕えることを喜びとし、アスト様を護ることを役目とするんでさぁ。だから、アスト様とともにいられるだけでいいんでさぁ!」
「そうか。それなら僕が感謝の証に名前を送らせてもらってもいいだろ。従者モグラ、グラットなんてどうかな?」
「それでかまいませんぜ。今日からオレはグラットでさぁ」
グラットは嬉しそうにつるはしを振るった。
「ありゃ」
グラットが振るったつるはしはまた地面に刺さった。
「いけねぇいけねぇ」
グラットは刺さったつるはしを引っこ抜こうとしている。
それを見て僕は、グラットの能力のことを聞いていないことを思い出した。
「なあグラット。土が盛り上がるのってグラットのスキルなのか?それともビットのフォークみたいにつるはしの能力なのか?」
「土を操ってるのはつるはしの能力ですぜぇ。後他にも刺した地面の様子を探る能力もありやす。ありゃ?」
説明していたグラットから声が上がった。
「どうかしたのか?」
「ああ、いや、その、さっきは気づかなかったんでやすが、今説明がてら地面の様子を探ってみたら枯れた木々の下の土にトンネルが出来ているんでさぁ」
「トンネル?どれくらいの大きさのだ?」
「大きさはそれほどでわねぇえですね。せいぜいアスト様の腕ぐらいの大きさですぜぇ」
「腕ぐらいねえ。そのトンネルがあるのって、枯れている木の下にだけか?」
「ちょっと待ってくだせぇえ」
そう言ってグラットはまた地面の様子を探りはじめた。
「わかりやしたぜアスト様!トンネルがあるのは枯れた木の下だけでさぁ」
「とはると、木々が枯れた原因にはそのトンネルが関係しているってことか?」
「おそらくそのとうりでさぁ。どうしやす、もっと調べやすか?」
「そうだな」
後は何を調べればいいか考え込んだ。そして一つ思いついた。
「なあグラット、そのトンネルってどっちにのびてる?」
「あっち側ですぜぇ」
グラットが指さしたのは森の奥、僕達が行こうとしている方向だった。
「やっぱり森の奥に何かあるんだろうな」
「そうでしょうぜぇ」
「鬼が出るか、蛇が出るか、とりあえず行ってみようかな」
「了解でさぁ」
そうして僕とグラットは、さらに森の奥へと進んで行った。




