従者ウサギ
「これで、どの位時間が速くなったんだ?」
「だいたい、向こうの1分がこちらの1日ってところかな」
「かなりずらしたんだな」
「ああ、戻ったら斬岩カマキリがいなかったじゃ困るからな。さてと、じゃあ僕は傷と魔力の回復につとめるとするか」
「兄貴が休んでいる間、俺は何してればいいんだ?」
「そうだなぁ。素振りの続きでもすればいいんじゃないか?」
「そうだな。そうしようか」
「1人でするのが嫌なら、相手を出してやるけど?」
「相手を出す?」
「で、相手は欲しいか」
「そりゃあ、いたほうがうれしいけど」
「そうか、じゃあ少し待ってろ」僕は、フィールド1の条件設定を呼び出して、モンスターの出現をONにした。さらに、出現するモンスターを一角ウサギに指定。一度に出現する数を一匹として、倒されるごとに再出現する様にした。そして、出現範囲をアルトから10メートル以内に設定して、行動方針をやられたらやり返せ、でも倒すなにしてから確定して、設定を反映させた。すると、アルトの前でこの世界の魔力が収束して、一角ウサギの姿を形作った。
「うわっ!!」アルトは、突然現れた一角ウサギに驚いて、後ろに飛び退いた。
「こいつが相手になってくれるからな」
「なってくれるからな。じゃないぜ兄貴!どうなってるんだよ!」アルトが詰め寄ってきた。
「どうなってるも何も、僕のスキルで作りだしたお前の練習相手だよ」
「スキル?兄貴のスキルは、魔物も作れるのかよ」なんか呆れられた。
「まあ、気にするな。じゃあ、僕は寝るから頑張ってくれ」そう言って僕は、大樹の根元に寄りかかって目を閉じた。
アルトサイド
「おい兄貴」
兄貴は、もう寝息をたてていた。後に残されたのは、俺とこちらを見つめて動かない一角ウサギだけだった。
「結局、こいつと戦えばいいのか?」
あらためて目の前の一角ウサギを見た。昨日戦った一角ウサギとは、明らかに様子が違っていた。昨日戦った一角ウサギは、敵意剥き出しだったのに、こいつからはそれが感じられなかった。
「取りあえず、戦うか」俺は持っていた双剣を構えた。そして、一角ウサギに向かって振り下ろした。奴は、昨日の一角ウサギとは違って、俺の剣を避けようとはしなかった。振り下ろした剣は、そのまま一角ウサギを一刀両断した。その後やっぱり衝撃波が発生して、周囲の花畑と兄貴に襲いかかった。
「げ、兄貴」
衝撃波は、昨日同様に兄貴を巻き込もうとしているが、今は兄貴は寝ていて昨日の様に魔法で衝撃波をやり過ごすことは出来ない。慌てて駆け寄ろうとしたちょうどその時、兄貴の前に何かが飛び出してきた。飛び出してきた奴は、兄貴に襲いかかった衝撃波を瞬く間に無効化した。そいつの姿は、ウサギに見えた。ただし、昨日今日戦った一角ウサギとはかなり違った。まず、サイズが1メートルはある。白い毛に覆われた体、確かな知性を感じさせる赤い瞳に黒いきっちりとした服を着ている。首には、金色に輝く丸い何かをさげている。そして、今そいつが険しい目つきで、こちらを見ている。
「まったく危ないですね」
「しゃ、喋った!」俺は、そいつが喋ったことに驚いた。
「喋ったくらいでそこまで驚かなくてもいいと思いますが?」
「いや、普通驚くだろ!」
「そんなものですかね?」
「て、いうか、お前誰だよ!」
「おっと、自己紹介がまだでしたね。私は、アスト様にお仕えする為にこの世界が生み出したモンスター。従者ウサギと申します。以後、お見知りおきお」そう言ってそいつは、きれいに一礼した。
「モンスター?魔物とは違うのか?」
「違いますよ。私達モンスターは、アスト様のスキルによって生み出された存在です」
「私達?お前以外にもいるのか?」
「ええ、あなたが今いるこの世界もモンスターですよ」
「この世界が?」俺は、周囲を見回した。
「そうですよ。今言ったとうり、この世界もアスト様のスキルによって、生み出されたのですから。あなたも先ほど、アスト様よりお聞きになったでしょう。」
「確かに兄貴はそう言ってたけど」
「それよりも、避けなくていいんですか?」
「避ける?」その時、背中に何かがぶつかって吹っ飛ばされた。
「いつつ、いったい何が?」体を起こしながら、何がぶつかってきたのか確認すると、そこには先ほど一刀両断にした一角ウサギがいた。
「何で?確かにさっき一刀両断にしたのに!」一刀両断にした感触もあったし、真っ二つになるところをこの目で確認したはずなのに、奴は先ほど同様敵意の無い目でこちらを見ていた。
「お教えしましょうか?」従者ウサギが聞いてきた。
「そういえば、こいつも兄貴のスキルで作り出されてたっけな。こいつもお前と同じモンスターなのか?」
「いいえ、違います」従者ウサギは否定した。
「違うのか?それだとさっき言ってたことと違わないか」
「いいえ、さっき言ったとうりアスト様に生み出されることがモンスターの定義です。ですが、今目の前にいる一角ウサギには当てはまりません」
「どうしてだ?」
「それは、その一角ウサギが命では無く。現象に過ぎないからです」
「現象?」従者ウサギが言っていることがよくわからなかった。
「そうです。そこのそれは、あなたの練習相手として一角ウサギの姿を与えられているだけのただの魔力の塊です。アスト様が与えた行動方針に従って行動し、倒されても魔力に還元されます。そして、一定時間が経つとまた一角ウサギの姿を象ります。アスト様が設定を解除しない限り、一角ウサギが消滅することはありません。だから、それは現象であり、モンスターではありません」
「確かに、それは命とはいえないな」従者ウサギの説明に納得した。「で、俺はどうすればいいんだ?」こんな奴相手に何の練習をすればいいのかわからなかったので、従者ウサギに聞いてみた。
「アスト様としては、あなたが衝撃波を周囲に撒き散らさないようにしてほしいようです。その為、あれの行動方針はやられたらやり返せになっています」
「衝撃波を周囲に撒き散らさないことと、やられたらやり返せという設定にどんな繋がりがあるんだ?」俺には、繋がりがよくわからなかった。
「そうですね。わかりやすく言いますと、あなたが力の制御が出来ていないから衝撃波が発生します。これはいいですね?」
「ああ」
「先ほど言った設定にしていると、一角ウサギが倒されても、次に出てきた一角ウサギに衝撃波が当たって、やり返されます。つまり、次に出てきた一角ウサギにやり返されなくなることが目標です」
「ああ、なるほど!」ようやく兄貴の意図が分かった。
「わかって下さったようですね。それでは、頑張って下さい。アスト様に向かってくる衝撃波は、私が防ぐので気にしないで下さい」従者ウサギは、声に棘を混ぜながら言ってきた。
「その、さっきのことは悪かった」どうやら、最初に見た時目つきが険しかったのは、気のせいではなかったようだ。まあ、仕方ないよな。自分が力の制御が出来ていないことはわかりきっていたのに、寝ている兄貴のそばで戦い始めたあげく、衝撃波を当てそうになったんだから。当てそうじゃないか、従者ウサギが割り込んでこなければ兄貴に直撃するところだったんだから。従者ウサギが怒って当然か。反省している俺に、従者ウサギが声をかけてきた。
「わかって下さったのなら良いのです。反省をしない人よりもずっと好感が持てます。私としましても、アスト様が大切にしている弟君とは、仲良くしていきたいですから」そう言って従者ウサギは、優しく微笑んだ。
「おう!俺だって兄貴の子供とは仲良くしていきたいぜ!」
「アスト様の子供?私がでしょうか?」従者ウサギは、不思議そうにこちらを見ている。
「だってそうだろ、お前は兄貴の魔力を使って、兄貴のスキルで生み出されたんだから!」この世界では、親の力や魔力は高確率で子供に遺伝する。その為、この世界では魔力の波長が一致することが親子の証明になる。それゆえに、兄貴の魔力から生み出された従者ウサギは、まさに兄貴の子供と言っても差し支えがなかった。
「私がアスト様の子供?確かにそうとも言えないことはないんですが。」従者ウサギは、困惑していた。
「兄貴のことを親だと思えないのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが、まだアスト様には直接お目にかかったことがないので、アスト様が何と言われるのかわからないのです」
「会ったことがない?」その言葉に違和感があった。
「お前は、この世界と同じように、兄貴が俺のところに来る前に生み出したんじゃないのか?」俺はてっきりそうなんだろうと思い込んでいた。
「いいえ、違います。私は、アスト様が出ていかれた後に、この世界がアスト様のサポートをするものが必要だと考えて生み出したモンスターです。ですから、アスト様にはまだ会ったことはありません」
「そうなのか。だったら、兄貴が起きたら俺が紹介してやるよ」
「それはうれしいのですが、あなたはまずはちゃんと練習をして下さい。話しはそれからです」
「わかってるよ」
「あなたが練習している間に、私はご飯の用意をしておきますから頑張って下さい」そう言って従者ウサギは、兄貴を抱きかかえてどこかに行ってしまった。
「さてと、俺の方も始めるか」俺は、こちらをじっと見つめたまま動かない一角ウサギに向かっていった。




