灰かぶりの章~鬼と鬼ごっこ~(4)
前にも後ろにも進めないのなら、私はその場に立ち止まる事にした。
階段に座り込み、両手で顔を覆う。
ひっく・・・としゃくってみたり、鼻をすする音も出してみる。
(ちょっと、わざとらしすぎるかしら?)
なんて、反省している間に相手は私の張り巡らした罠にかかってきた。
背後に微かな人の気配を感じる。
それは警戒するように定まらない動きをとっていたが、じわじわと近寄ってきて、しまいには前方に回ってくる。
隙間を作った指の間から、戸惑いを隠し切れていない足が見える。
「なんだ、もう諦めたのか・・・つまんないな。」
至近距離で聞こえる声。
(今だわ!)
私は勢いよく顔を上げてにやりと笑う。
泣いてなんかいませんよ~!と自信たっぷりに。
鬼の少年は一瞬ひるむが、私がそれを見逃すわけがない。
ぱしっとしっかり腕を掴み取った。
「捕まえた!私の勝ちね、鬼さん!!」
少年は反射的に身を引いて、私の手を拒もうとするが、そうはさせない。
狙っていたのだから絶対に離さないという意思を込めて強く握り返すが、予想に反して相手は簡単に抵抗を辞めた。
「フン、ま・・・いっか。それなりに楽しめたし。」
お面越しに人を馬鹿にしたように鼻で笑う声が聞こえた。
なんだろう・・・この気分。
勝利者は私なのに、屈辱を感じる。
(あ、そうか・・・・)
泥で汚れた顔や服、焦げ付いてジリジリになった髪の毛、全身に刻み込まれた無数の切り傷・・・
おおよそ勝利者とは思えないボロボロにになった惨めな私の姿に、少年は笑っているんだ。
まるで、いじめっこのように・・・
大きな勘違いをしていたようだ。
私はこの勝負にどうしても勝ちたかったが、相手は勝ちたくも無ければ負けたくないとも思っていなかった。
少年にとってはただの遊びで勝ち負けなんてどうでも良い事だったんだ。
「会いたいなら会わせてやるよ。皇帝とやらに。」
脱力し、緩んだ私の拘束を勢いよく振り払うと鬼の少年はその手を空虚な空に向けて振りあげた。
それを合図に、周囲は光を失い暗転する。
物語のシーンが変わったかのように、一瞬にして夜に襲われた。
闇は人の心に恐怖を落とす。
反射的に逃げようと身を引いてしまうが、行き場の無い足元に闇に道など無い事をすぐに思い知る。
カッ!!!
何かのスイッチが入るような音がしたかと思うと、すぐ前にスポットライトが照らし出された。
まるで舞台装置のライトのように、闇の中である一部だけが鮮明に映像として映し出される。
物語の主人公のように、センターポジションで豪華な椅子に座る人影。
(皇帝様かしら?)
確かめようと足を一歩踏み出すと、足元でガシャ・・・と音がして固い物を踏んだような不快感を覚える。
どうやら地面に積み上がった何かの上に、今私は立っているようだ。
暗くてよく見えなかったが、所々で何かが鈍く光っている。
更に眼を凝らして見ると・・・
それは宝石、宝飾の山だった。
ただし、本物では無くて偽物の陳腐なもの。
形もいびつで色も光も曇っている・・・・まるでガラクタの山だ。
「僕だ!僕が皇帝だ!」
勝ち誇ったようにガラクタ山の皇座に腰下ろす鬼の少年。
(ううん、あの子は鬼じゃない。あれはただのお面で偽りの姿。)
自作自演の皇座で威張る少年に、同情と切なさがこみ上げてきた。
私に追いかけ回させて、ボロボロにして、勝負に負けても平気そうで・・・いや、もともと勝負に勝つ喜びも負ける悔しさもきっと知らないのだ。
私にはお父さんがいたから、いろんな事を教えてもらえた。
たくさんの心と感情と気持ちを貰った。
でも、彼には心が無いんだ。
とても哀れだ。
「違う、貴方は皇帝様じゃない。」
はっきりと答えた。
自信があったからお面の先にあるだろう相手の瞳をしっかりと見据える事ができる。
少年はそんな私の態度が気に食わないのか、不機嫌に言い返してくる。
「僕が皇帝だと言っているから皇帝は僕だ!」
「違うわ、だって、まるでここはおもちゃの国のような茶番な世界だもの。ほら、見て。この宝石もただのレプリカよ、偽物だわ。」
足元のガラクタをすくいあげて見せると、更に少年は怒りをあらわにしてきた。
偽物という言葉に反応したようだ。
「皇帝は僕だ!僕が一番だ!」
椅子から立ち上がって息を荒げる。
今にも私に飛びかかってきそうだ。
お父さんが言っていた。
牙をむく動物は本当は弱いから虚勢をはって威嚇するんだって。
だから、そういう相手には同じように牙を出してはいけない、牙の向こうに見える本当を見抜かなくちゃいけないんだって。
私はお面の裏にあるだろう少年の本当の顔を想像してみる。
「どうしたの?」
それは、とても弱々しくて、苦しそうだった。
天にに立っているのではない、地に虐げられている人間の顔だ。
「あなた・・・・何に縛られているの?」