灰かぶりの章~マフタの森へ~(2)
おじいちゃんが指差した方向には帝都への道を遮る大きな難関があった。
通称「マフタの森」と言う。
「マフタ」とは森という意味だから直訳すると「森の森」とおかしな言葉になるのだが
意味としては「森の中の森」という事で、いかに抜けるのに困難な森かという事を表している。
おじいちゃんとここに来る時は、半日で森を抜ける事が出来た。
それはあらかじめ抜け道を知っていたのと、おじいちゃんが魔法使いだったからできた事だ。
そう、マフタの森は魔法のかけられた迷いの森でもあるのだ。
面積はそんなに大きく無いのに、人がよく迷うのはこの魔法による幻覚が原因なんだっておじいちゃんは教えてくれた。
だから魔法使い以外はここを通れないんだよ・・・とも。
私は魔法使いでは無い。
そもそも魔法使いとは具体的にどういう人間なのかは分からない。
おじいちゃんも見た目は普通だったし、森の中を一緒に歩いていた時も何か特別な事をしていたとは思えない。
1年近くおじいちゃんと一緒に居たけれど、いきなり手から火の玉が出るとか、空を飛ぶとか、無いものを出現させるとか、そんな非現実な事をしている所なんて見た事が無い。
本で魔法使いの事は読んだ事があるけれど、どれも大昔の文献で伝説みたいなものだから遠い昔話の登場人物ぐらいにしか思えなかった。
「う~ん・・・困ったわ。」
森の入口を睨みつけながら私は地面に食い込んだ適当な大きさの石に腰を下ろした。
分かっていた事だけれど、いきなり道をふさがれた気分だった。
このまま思い切って森に入っちゃおうか・・・
でも、おじいちゃんは私に嘘を言った事は無い。
きっと魔法使いではない私は、ただ闇雲ではこの森をこえる事はできないのだ。
「こういう時はどうすれば良いんだっけ?」
私は、お父さんが教えてくれたあらゆる事の中から適切な言葉を見つけ出そうと思案する。
けれど、お父さんはいろんな事を教えてくれたけど゛魔法゛の事は何も教えてくれなかった。
『魔法ってなあに?』って聞いた事はあるけれど『ロダはまだ知らなくていいんだよ』って言われた。
なんでも応えてくれるお父さんなのに、何故か魔法の事はいつもはぐらかされた。
だから、私は魔法に関してはからっきしなのだ。
「ンナアゴ~~~」
本気で悩む私の前を気の抜けた泣き声で通り過ぎる一つの物体。
灰色の長い毛に睨みつけたような細い目。
この食糧難の時代をあざ笑うかのようなお腹の垂れたプヨプヨの身体。
「なんだ、ネコ。お前も付いてきたの?」
いつからか、自分の周りになんとなく居付いた猫。
可愛く甘えたりしないし、なけなしの私の食料を横取りするし、鳴き声はだみ声で可愛くないし、いつもおちょくるように私の周りをチョロチョロする憎たらしい猫だったけど、なんとなく近しい存在に感じていた。家族とは少し違うけど、同士とか仲間とかそういう感じだ。
「ねえ、ネコ。行き詰った時はいつもお父さんの言葉を思い出すの。でもお父さんの言葉の中に答えが無い時はどうしたら良いの?」
『そんなの知るか・・・』
そう言わんばかりに猫は、いかにもわざとらしく大きなあくびを一つする。
「そうよね。お前に聞いたって仕方無いわよね・・・」
自嘲気味にそう呟くが、西側の空の日が沈みだしている事に焦りが出る。
このままここで立ち往生していてもどうしようもない。
後戻りは選択肢には無い。
となると前に進むしかない。
私の結論はここに出た。
「そうよ。おじいちゃんだって何か特別な事をしていたわけじゃ無いんだもの。きっと魔法使いじゃなくても大丈夫。知恵を使って乗り越えられない事は無いってお父さんも言っていたじゃない。」
まるで自分を励ますかのようにそう言い聞かせるが、夕暮れと共に更に闇が濃くなっている森の様子に恐怖が襲いかかる。
天まで昇る木々はまるで怪物のような黒い影を落とし、さわさわと風になびく音は化け物のせせら笑いに聞こえてくる。
それでも私は前に進むしかなかった。
すでに背後には何も無く、目の前には困難な道しか無いけれど
何も無い所は通れないが、険しい道は進み続ければ乗り越える事ができるのだ。
そうして、私はマフタの森へと踏み込んだ。
そこが大魔術師のかけた魔法の森だとも知らずに・・・・・・・