灰かぶりの章~幻のエデン~(4)
紙が焼け落ちるかのように壁は焦げ落ち、地割れが足元を奪っていく。
でも、私はこの世界と一緒に灰になるわけにはいかない。
早くここから出なくてはいけない。
(道は何処にも無い。どっちへ行けば良いの?)
白い指標が見えた気がした。
それはきっとお父さんの一本の指で、示す方向を視線で追うと・・・・
「ナオ~~」
椿山に腰を下ろす猫。
そこだけが真っ赤な台地になっている。
「ネコっ!!」
救世主だ。
猫は私をここに連れてきた張本人。
入口を知っているのなら出口だって知っている筈だ。
次々と崩れ落ちる地面を避けながら必死に猫の元へと駆け寄る。
まるで「早くしろ」と言わんばかりに猫は何度もこっちを振り返る。
らしくなく、じれているようだ。
「待って!ネコ!もう一人いるの。あの子も一緒に連れて行かなくちゃ。」
とは言っても一面は何もない闇。
壁と一緒に足場もどんどん狭まり、身動きがほとんどできない。
(でも、置いてはいけない。絶対一緒に行くんだから。あ子は・・・ユウリキは私のお兄ちゃんに・・・義兄弟になってくれる人なんだもの。)
拳を腹のあたりで握りしめ、胃を締める。
今考えられる最善の事を思案する。
相変わらず猫は、何度も前を向いたりこっちを振り向いたりしている。
「分かっているわよネコ、時間は無いのよね。」
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名前はその人の魂そのものなんだよ。
例え見えなくても、例えどんなに遠く離れていても
呼び続ければ必ず届く。
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(ああ!だからお父さんは彼の名前を教えてくれたのね。)
腹の底に息を吸い込む。
チャンスは一度、この声が彼に届かなければそれでおしまいだ。
「ユウリキっ!!!!!」
短くしかし何処までも届くように、凝縮した鋭い声で叫び声をあげる。
音無く崩れる世界は静寂のままだけど、不思議と不安は無かった。
後は私が見逃さなければ良いのだ。
耳を澄ます。
ちょっとのきっかけも逃さない・・・
(・・・・・鎖の音っ!!)
「ユウリキこっちよ。」
安著の声でそう言うと、まるで最初からそこにいたかのように、目の前に彼は立っていた。
驚いたかのような大きな赤い瞳を私の茶色の瞳に映して。
「一緒に行きましょう、ここから出るのよ。」
骸骨のように骨ばった彼の手を握ろうとする。
しかし、二人の間には徹底的な壁があった。
幻はすべて闇に消えても、彼の手足を縛る枷と閉じ込める鉄格子は消えない。
「無理だ、俺はそっちには行けない。」
まるでその理由を示すかのように、手にはめられた拘束の鉄を握りしめる。
真っ赤なルビーが一瞬力無く光った気がした。
「駄目よ、死ぬなんてだめよ・・・」
不安になった。
彼は生きるのを諦めている気がしたから。
「死ぬのは絶対にだめだよ!!」
鉄格子を両手で掴むと、揺らして訴える。
死んだ人はもう二度と生き返ららないけれど、生きている人間は死ぬまでは生きぬかなくてはいけないのだ。
「お前、必死だな、やっぱりバカだな。」
自嘲気味に笑いを捨てる。
嘘つきに笑うその姿が、今までで一番彼の真実を表している気がした。
「べつに、死にはしない、ただの現実に戻るだけだ。」
「その現実は辛い所?」
「そうだな。」
「私のせい?私がエデンを放棄しなかったら、ずっと一緒に夢の世界で生き続ける事ができた?」
「フン、馬鹿にするな。偽りの幻の世界なんてまっぴらごめんだ。俺は騙すのは好きだが騙されるのは大嫌いなんだ。どうせなら世界でも大々的に騙して気分よくなりたいものだ。」
「世界を騙すの?」
「ああ、される側になんてならない、する側になってやる。」
「じゃあ、その時隣にいるのは賢者になった私ね。」
まるで当たり前に思った事を言っただけなのに、ユウリキはさぞ驚いた顔をした。
けれど、すぐに心当たりを見つけたようだった。
「おまえ・・・・・」
確かめるように私の瞳の先を探る。
それ以上何も言わなかったけど答えはお互いの中で出ていた。
「もう、安心ね。離れていても私達は同じ所に辿りつく事ができるもの。」
現実の彼を閉じ込める檻は厳重で、今はこれを破る事はできないけれど・・・
「私の名前はロダって言うのよ。ロダ!覚えた?ロダよ。」
ユウリキの背後から押し迫る光の消滅。
きっと彼もそこに消えていく。
でも私はその光に触れると死んでしまうからここから逃げなくてはいけない。
「今はそっちへ行けないけれど、苦しい時、辛い時は空に向かって私の名前を呼んで・・・」
名残惜しく鉄格子を掴んだ手をするりと離すと、早くしろとせかしながら振り返るネコに向かって踵をかえす。
「私、その声にこたえる。」
もう身体は走りだす。
「必ず応えるわっ!!」
白い霧に包まれるようにして、光に溶け込んだユウリキが優しく笑った気がした。