第5章
「疲れた……。」
講義が終わると荷物を片付ける余裕も無く机に突っ伏した。
日本で言うなら大学レベルの講義を長時間聞き続けるのは流石に疲れる。
グレイズ先生の授業以上にきつかった。
まあ、あちらは説明が早いだけで、内容的には比較的子供向けなのだから当然といえる。
この世界の基礎知識に欠ける状態で理解しようと思うのが間違いなのか。
それでも、異世界人としての視点が入るこの講義は、他のこの世界に生まれ育った人を対象にした授業より、ある意味で理解しやすいものだった。
久々に脳を酷使して疲れたが、まあ悪い気分ではない。
のそりと体を起こし、微妙に凝ってきた肩を回す。
体は若いはずなのに肩凝りだなんて……。
多少暗くなる気持ちを抑えてノートを片付けると、まだ、先ほどまでの私と同じように机に突っ伏す学生や、雑談をしている学生達がいる教室を後にした。
行きと同じ道を通るだけならまだしも、知らない教室にでも入ったら即迷子になってしまいそうな廊下を慎重に辿り、入り口へと辿りつくと背の高い見知った影が目に入った。
そういえば、帰りは送ってくれるのだったと思い出し、慌てて駆け寄って頭を下げた。
「イドゥンさん、フィズさんお待たせしました。」
廊下からは逆光気味でシルエットしか分からなかったけれど、紛れもなく朝も顔を合わせた二人だ。
「走らずともよろしかったのに。
それほど待ってはおりませんよ。
では、帰りましょうか。」
「はい。」
そうイドゥンさんが差し伸べた手を取ろうとしたらフィズさんがそれを遮り、しゃがみこむと私と目を合わせた。
「どうか、しましたか?」
「……大分、講義は長かったようですが、お疲れではないですか?」
「大丈夫です。
ちょっと久々に頭を使いすぎて疲れましたけど、体の方は問題ないです。」
嘘ではない。
確かに脳を酷使した感はあるが、体の方はただ座って手を動かしていただけだからさほど疲れてはいない。
「……。」
「え、と、あの――?」
その筈なのだが、何故かフィズさんにじっと見つめられている。
そんなに疲れた顔をしているのだろうか?
と思ったら、その後ろからイドゥンさんも覗き込んできている。
「あのぅ……。」
「――イドゥン。」
「うん、そうだね。
そのほうが良い。
上級神官殿に怒られたくはないからね。」
フィズさんがイドゥンさんの名を呼び振り返ると、イドゥンさんも頷く。
一体何の話でしょうか……。
ナイルが怒るとかなんで?
「マレビト様、失礼いたします。」
フィズさんは、そういうと軽々と私を抱き上げた。
お姫様抱っことかそういうんじゃない。
もろ、子どもを抱き上げるときのあれだ。
「もう、夜も遅いのでこのまま神殿へ向かいます。」
「マレビト様も帰りが遅くなって上級神官殿に怒られたくはないでしょう?」
夜も遅いと言ったって7時を回ったくらいのもので、私にとってはそう遅いと感じられるものではない。
だが、彼が私を運ぶ方が私が歩くより早くつくだろうことは確かなので、そのまま運んでもらうことにした。
ここで歩く歩かないと押し問答するだけの気力がなかっただけとも言う。
「本当、御面倒をおかけします……。」
「朝も申しましたが、マレビト様が気にかけることはございません。」
「すぐ着きますので、どうか御辛抱ください。」
「辛抱だなんて。
宜しくお願いします。」
そのまま私はフィズさんにおとなしく抱っこされ、途中まではいつもより高い視線を楽しんでいたのだけれど、意外に疲労していたらしく、気が付けば眠っていたようだ。
目を覚ましたのは部屋へと向かうナイルの腕の中で、受け渡されたときも目を覚まさなかったらしい。
その時は当然のことながら下ろせ下ろさないの押し問答を続けたわけだけれど、そうこうしているうちに部屋についてしまったのだった。
……本当に、子どもの体って不便だ。
2011/10/06 誤字修正




