第1章 (7)
さて、彼らはただの野次馬か、それとも…?
考えてみたところで始まらない、と言う事で。
とりあえず、ますは様子見。
エルトダムさんの後ろからこっそりと覗き込む。
……なんか、物凄い数の視線が。
振り向くまでもなく感じていたそれらを直接見るのは、ちょっとどころでなく怖い。
知らず、エルトダムさんの外套を握り締めていた手に力が入る。
すると、ぽんと軽く頭に何かが載った。
聞こえてきた「お前ばっかりずるい」という声に、それがエルトダムさんの手であることに気付く。
ああ、やっぱり肉球はないんだなあ、と思いのほか毛の薄いその掌を眺めていたら、何となく恐怖が薄れた。
ふと、彼の言葉を思い出す。
そういえばこの人も私を見に来たんだと言っていたっけ。
つまり、ここにいるのは皆エルトダムさんと同じような人。
エルトダムさんは恐くない。
なら、きっとこの人たちも怖くない筈だ。
最初に見た姿が爆笑している姿だったからか、何故かエルトダムさんは恐くなかった。
身長なんて私の倍以上あるし、外見からすればこの中にいる誰よりも恐そうなんだけどね。
だから、勇気を出して一歩踏み出す。
この人たちは今日から私の仕事仲間になる人たち。
怖いことなんて何もない。
これは新入社員が先輩方にする挨拶と同じようなもの。
結局地球では出来ないままだったけれど。
昨日だって、短かったけどちゃんと挨拶できたんだから。
昨日のは多分に、ちょっと驚かしてやれ、という気持ちが多かった訳だけれど。
それでも、昨日できた事は今日も出来るはず、状況はちょっと……否、人数も状況も大分違うけど、やるべき事は一緒だろう。
まずは一礼。
さあ、行こう!
「はじめまして。
挨拶が遅くなり申し訳ありません。
昨日、本ギルドの一員になりました"渡り人"アトルディアです。」
言葉を挟む隙を与えず一気に続ける。
「名前からも分るように、先日このエグザーダナの街の北西に位置する滝、アトルディアに落とされました。
出身は地球の日本です。
読み書き計算は得意ですが、いまだ特殊能力は分っていません。
ここに来てまだ日も浅く、私に出来る仕事も少ないと思いますし、まだまだ未熟者です。
皆様にご迷惑をおかけする事もあると思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします。」
ちゃんと、皆最後まで静かに聞いていてくれた。
顔をあげるとただの好奇心の塊と言った表情だったのが、だいぶ穏やかな感じになっていた。
その上、皆、何故かうれしそうに笑っている。
私が不思議そうに彼らを見渡していると、誰からともなく発せられた言葉が重なりあい、一つの言葉を紡ぎだした。
「ようこそアトルディア、俺達のギルドに。」
笑顔とともに発せられた言葉に、何かが解けていくような気がした。
似たような事は神殿でも言われていた筈なのに、どうしてか今、心が温かかった。
ああ、私の考えは間違っていなかったんだ。
彼らは、ただ私のことを知りたいだけだったのだ。
決して、私を傷付けるために押しかけたのではなく、私を迎え入れるために皆集まってくれたのだ。
そう気付いたら、作り笑いではなく、思わず自分の表情も緩んだのがわかった。
いきなり神様によって誘拐されて、訳の分らない状況に晒されて、多分、今まで私はこの世界の人たちを素直に見ることが出来ずにいたんだろう。
ここに来るまでの道のりでも困惑しか私にはなかった。
この1週間はほとんど神殿からも出してもらえず、言葉で説明はされて知識としては分った気になっていたけれど、全く自分の状況がどうなっているのか実感が持てないままだった。
神殿の人々は当然ながら神様よりの人だから尚の事。
今なら、少しは素直に彼らとも接する事が出来るかもしれない、とそう思った。
尤も、私の後見になったあの青年とはやっぱりウマが合いそうにないけど。
アレは……なんと言うか、その、暑苦しい……。
その後は質疑応答。
自己紹介は、いずれ個別にという事になった。
どこに住んでいるのか、といったことやら、地球では何時代にいたのかなど、中には日本に住んでいたのなら聖地に行ったことはあるか、という質問まで。
日本の聖地ってどこだ…?
驚かれたのは年齢。
若返った事も、成人したともいっていたが、こちらと日本で成人年齢のが違う事をすっかり忘れていたためだ。
彼らはどうも私が成人と入っても、成人したての12歳だと思っていたようだ。
……10歳もサバを読むつもりはないのだけれど。
まあ、そんな風に一応和やかに時間は過ぎてゆき、そろそろ依頼先に向かわねば、と言うときになって問題が起きた。
多くのギルド員が私を送っていくといって聞かなかったからだ。
それを解決したのはエルトダムさんと窓口のお姐さんだった。
「どうやら今日はここにはもう仕事がないようだしな。ついでだ、私が送っていこう。」
困り果てた私に提案をしたのはエルトダムさん。
すかさず、
「お前ばっかりずるい」「ロリコンめ」「俺だって話したいのに」
などと言う抗議が起きるも、エルトダムさんが吼えるまでもなく、それらは窓口のお姉さんの一言で沈静化した。
「あんた達はさっさと仕事に向かいな!」
ドスの聞いた、お腹に響く声でした。
……そうだよね。
ギルドなんて荒くれ者たちが自然と多くなるような職場の窓口業務を勤めるお姉さんが、唯の綺麗なだけの人なわけがなかった。
今度から、心の中では姐さんと呼ばせてもらおう。
「ドムさん、今日はどうもありがとうございました。
とても助かりました。」
あれからエルトダムさんに送られて、依頼主の家の前に到着した。
市は終わったし、街のお店が開くにはもう暫くあるからか、それとも歩いたのが大通りではなかったからか、朝とは打って変わって街の中は人通りが少なかった。
それでも、少ない人々が私達の方を眺めてくるだけで誰も話しかけてこなかったのは、きっとエルトダムさんのお陰に違いない。
「いや、こちらとしても噂の"マレビト様"と話せて、良い話の種が出来た。
きっと皆手薬煉引いて待っている事だろう。」
そういえば、忘れがちだけどこの人も野次馬に来たんだったけ。
皆、ってことは郊外のギルドの人たちの代表だったのかな?
「あははは……あんまり、変な噂は広げないでくださいね?」
「善処しよう。
見聞きしたことだけを話すことは誓えるが、その後どう尾鰭がつくかまでは分らないからな。」
「それで構いません、宜しくお願いします。」
約束の時間である四の鐘はまだ鳴っていない。
でも恐らくもうすぐの筈だ。
今朝初めて会ったばかりのヒトだと言うの、とても名残惜しい気がした。
けれどそれもここでおしまい。
私はじれから仕事で、エルトダムさんも馴染みのギルド支部へ行けば仕事があるのだろう。
だから、今日はこれでお別れ。
でも、同じ街に住んでいるのだから、きっとまた会う日が来るに違いない。
だからにっこりと笑って伝える。
「また、お会いしましょう。
エルトダムさん。」
「そうだな、また合おう。タキ=アトルディア。」
まだ、この人にしか名乗っていない名で読んでくれる。
きっと、その意味には気付いていないだろうけど。
「ええ。
それじゃあ、また。」
「ではな。」
静かにエルトダムさんが去っていく。
一緒に歩いていたときも思ったけれど、本当に静かに歩く人だ。
エルトダムさん。
彼は知らないだろうけど、こちらの世界に来て初めて私から名乗った人。
そして、多分神殿の人以外で、最も一緒にいた時間が長い人。
貴方はどう思っているか知りませんが、私の中で貴方はこの世界での一番最初の友達に決定しました。
また会う日までどうか、お元気で。
そのときを楽しみにしています。
再びにぎやかになり始めた街の雑踏に消えていくエルトダムさんの姿が完全に見えなくなった頃、四の鐘が鳴り響いた。
さて、お仕事に行きますか!
皆久々のマレビトに興味津々、と言うことでした。
漸く次回からお仕事です。
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