第5章 (1)
「何で誰も教えてくれなかったんですか……。」
「いえ、もう知っているものかとばかり。」
「知りませんよ、なんで知ってると思うんです。」
「最近、バルドゥク家の兄弟と仲が良いと聞いていますよ。」
「悪くは、ないですけど……。」
確かにあれ以来セムとは良く話すようになったし、微妙に苦手間も拭えた事だし、と1回だけヴァシーの依頼を引き受けた。
その日のうちに後悔したが。
だから仲が悪いとは言わないが、決してそれほど良いものでもないと思うのだ。
「ですからてっきり本人から、もしくは御両親から話を聞いているのだとばかり思っていました。」
フェクトが同じ学校に入学すると言うことを。
ああ、何で朝っぱらから溜息つかなきゃいけないんだろう。
あの買い物から明くる日にギルドへ行ってみると、ヴァシーの依頼を遂行したことになっていた。
ヴァシーには泣いて喜ばれ感謝されたのだが、した覚えのない仕事の報酬を貰うのは変な感じだった。
最初報酬は断ったんだが、ギルド側からした覚えがないのに依頼を受理したことになっていて、受け取らないのはギルドの信用にも関わるとまで言われては受け取らないわけにも行かなかった。
何だか報酬がずいぶん多いな、と思ったのだが、とにかく受け取るよう言われたし、その日の仕事を探す時間が惜しかったのでその時は流してしまっていた。
てっきり、ヴァシーの依頼と言うのが以前指名で出されていた兄弟の子守の件だと思っていたのだ。
それがまさか、「息子が学校へ行くよう説得する」なんていう既に二年以上前に出されたままになっていた依頼のことだったなんて思うわけがない。
つい昨日になって、タクスさんに、
「とうとう明日から学校だね。
フェクト君とも仲良くね。」
といつものようにほわ~っとした口調で言われ、一体何の話かと聞き返すまで誰も何も教えてくれなかっただなんて、あまりにも酷すぎる。
説得した覚えは全くないが、あの買い物日に何故かフェクトが学校へ行く気になり、どうやらそれが私のお陰らしい?
あの時渡しうが文具を買った店で、フェクトもまたセムに文具類を買ってもらっていたなんて、自分の買い物に夢中で気付かなかったよ!
なんか買い物袋持ってるな、とは思ったけど。
それ以後も何で誰も言ってくれなかったのかと思ったが、どうも察するに、ヴァシーさんが三兄弟には口止めをしていたっぽい。
クレオさんとの話の最中にギルドへやってきたセムが話の内容に気付いて慌てて謝ってきたのでそういうことなのだろう。
「フェクトはどうも苦手なんですよ。
虫攻撃とかトカゲ爆弾とか、普通に庭を歩いたら落とし穴はあるわ。」
まあその辺は良いんですけどね、と続ければナイルが呆れた顔をしていたが、まあ、日本でも田舎育ちだったからそれくらいには耐性がある。
「最近はおとなしくなったんですが、もう最初といったらひたすら生意気なクソガキで……。
喋り始めたら止まらないし、どこ行くか分からないし、何するか分からないし、何でそんなものが有るのか知らないけれど毒草食べようとしたり、本当、手が掛かって掛かって面倒でしょうがないんですよ。」
ああ、思い出すだけで疲労感が……。
「まあ、学校ですのでその辺は大丈夫じゃないですか?
貴方が面倒を見るのではなく、同級になるわけですから。」
「それはそれでなんか癪なんですよね……。」
年下と同級とか。
義務教育がないこの世界では様々な年代が学校に入るから特に珍しいことではないとは言うが。
とりあえず、ナイルはここで(神殿の正面玄関ホールのど真ん中で)話を続けてもしょうがないと思ったのだろう、話を切り上げて出立を促す。
「さあ、初日から遅刻するつもりですか。」
「はい……。
いってきます。」
もう、テンションが下がるのは仕方ないってものだろう。
「忘れ物はありませんね?」
「……大丈夫です。」
お前は私の母親か、と言う言葉を何とか飲み込む。
「それでは気をつけて。
寄り道などしないでくださいね。」
「分かってます!
そこまで子供じゃありません!!」
ああ、通りがかった神官さんや女官さんが笑ってる…。
もう、それもこれも全部フェクトとナイルのせいだ!!
自分の子供にしか見えない外見を棚に上げて、内心八つ当たり気味の声を上げて神殿を出た。




