第4章
「それと、別に私に敬語使わなくたって良いよ?
確かに、この世界の人にとってマレビトって特別なのかもしれないけど、私は生まれた世界が違うってだけのただの人間(実は違うらしいことを最近知ったがそれをいう必要な無いだろう)なんだから。」
「いえ、母から言い付かっていますので。」
うーん、なかなかに頑なだ。
ギルドのオネー様方は軽くあしらってたのに。
「君のお父さんはいつも普通にしゃべってるよ?」
「……後で母に伝えておきます。」
「いやいや、別に責めてる訳じゃなくてね。
それに、キミのお母さんだって、私を名指しで依頼を出してきたよ。
それはちょっと断っちゃったけど……。」
「そのこともあって、マレビトさまには礼を尽くすように、と言われています。」
なぜ?
機嫌をとって今度は断らせないようにする為に?
「どうして?」
「あの依頼、本当の意味で成功してくれたのはマレビト様だけだったからです。」
聞いてみたら更に訳が分からなくなった。
「……いや、すごく大変だったけど、でも、ただの子守でしょう?」
フェクトの嫌がらせに耐えかねた人がいたとか、か?
「まあ、そう、なんですが……こう見えてフェクトはまだ良いんです。
悪気が無いとは言いませんが、ただのいたずらの範囲で済みますし、飽きればそこで辞めますから」
そう言いながら、おとなしくしているフェクトに目を向ける。
ただのいたずら、とは言うものの、あれは気の弱い女性なら気絶しかねない代物だったのだが、彼にして見れば稚い悪戯に過ぎないようだ。
今はもう大分静かだが、これが飽きた状態と言うことだろうか。
ひたすら暴れまわった後はおとなしくなるなんて、まるで遊び盛りの子猫みたいだ。
フェクトのほうを向いていたら、セムが再び口を開いた。
「……はじめてなんですよ、ゼナゥが家族以外に懐いたのって。」
「へ?」
意外すぎる。
可愛らしいが、泣き出したらものすごい子だったりしたんだが、泣き止めばおとなしくて手のかからない良い子だった。
そう言えば、ゆっくりと左右に首を振って答える。
「いつもは、他の人がいる間中、泣き続けなんです。
だから、いつもギルドの人たちにはフェクトの面倒だけ見てもらっていた有様で……。
気付いたらなんか、誰に教えられたか悪戯の度合いがどんどん酷くなっていってしまってたんですよね。」
最後の方は遠くを見たまま乾いた笑いがこぼれていた。
うん、やっぱりお兄ちゃんでもちょっと抑えるのが大変だったっぽいな。
と、いつの間にか人の目も気にせずに歩いてきてしまったけど、もう目的の店がすぐそばだった。
今回もまたエメラさんセレクトのお店だ。
そういう点ではナイルは役に立たないのは既に学習した。
だが……これは……。
一瞬、なんと言うべきか迷う。
だが、ここは一応確認を取るべきであろう。
「あのさ、セム。
私の目的地の一つ、一応ここだったりするんだけど……一緒に入る?」
何と言うか、そこは、地球で言うところのファンシーショップ的なところだった。
こういう所、男の子って入りづらいんじゃなかろうか……。
フェクトはともかくセムは男の“子”というのにちょっと迷いがあるが、彼くらいの年齢になると尚更入りにくいように思う。
て言うか、エメラさん、何でここをお勧めに??
セム君は質問の意図を図りかねたように一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
そういう顔も新鮮でいいね。
もしカメラがこの場にあって、今の写真を撮っていたら、ギルドで高く売れたことだろう。
セム君は最初どこの店のことか一瞬分からなかったらしい。
まあ、確かに普段私が持っているものとはかけ離れている。
支給品だから贅沢をしていないわけではなくて、ただ単に華奢なものや派手派手しいものより、シンプルな実用品の方が好みだからなのだが。
だから、きっと目的の店がここだとは思わなかったのだろう。
私だって、多分、エメラさんのお勧めで無ければこの店に入る勇気は無い。
女子力が地球にいた頃から低かった人間にこういうものを求めてはいけない。
セム君、キミの予想は決して外れたわけじゃないんだ、文句があれば神殿へお願いします。
「お……私は、ここで待ってます。」
彼はしっかりと店を認識すると、一歩下がって遠慮してきた。
そんなに嫌か、と微笑ましい気持ちで思えばその彼の後ろであのフェクトでさえ首を高速で左右に振っていた。
うん、やっぱりそうだよね、キミらぐらいの男の子はこういう所は入れないよね、男の娘でもなければさ。
どうでもいいけど、セム君さっきから何度か"俺"って言いかけてるよね。
普通に話してくれて良いんだけどなぁ……。
さて、どういう理由でエメラさんがここをお勧めにしてくれたのかは分からないけれど、とりあえず入ってみましょうか。
「ゼナゥは一緒に来る?」
そう尋ねれば、無言のまま可愛らしく頷いた。
やっぱり可愛いなぁ、可愛らしい子はその存在だけで和むよね。
フェクトなんかは慄くように己が弟を見つめていたけど、果たしてその余裕がいつまで持つことやら。
こんな少女趣味全開の店先に、何時まで二人で立っていられるのかな。
とても、楽しみだ。




