第3章
それにしても、と彼は続ける。
「まさか成功させるとは思いませんでした。」
「成功すると思ってなかったのに、結界の準備をしたんですか?」
自身もあまり自信が持てなかったのも事実であったため、素直に疑問を口にすれば、
「備えあれば憂いなし、とは貴方の国の言葉でしょう。」
と返された。
「魔法が使えるようになるのは肉体的に成長しきってからです。
この国では成人こそ12ですが、魔法を使えるようになるのは大体10代後半からです。
貴方の実年齢は二十歳過ぎであっても、現在の見た目が子供であることを考えれば使えない可能性のほうが高かったんです。
ですが、貴方はマレビト。
魔法がこの世界に現れてから、マレビトで魔法を使えなかったものは今まで記録上には存在しません。
そして通常のマレビトは成人しているものでした。
ですから、貴方の場合はどうなるか分からなかったのです。
予想としては失敗か暴走のどちらかだろうと思っていました。
それも成功させた上でも暴走ではなく、制御不能になった末の暴走になるだろうと予想していたもので。
正直、その場合はこの結界で防げれば良い方だな、と思っていましたよ。」
「良かったですね、成功で。」
私にとっても、貴方にとっても……。
魔法は一度出来るとあとはいくらでも出来る性質の物のようだ。
空になったカップを見つめ、今度は無詠唱(詠唱と呼べる類のものではないけれど)で水を注ぐ。
……なんか、とっても地味な魔法だ。
何で私、あそこでもっと派手なのやろうと思わなかったんだろ。
あぁ、派手なのはイメージしきれなくて無理って思っちゃったんだよね……。
野球好きの某魔王様みたいに派手な魔法を使ったら、あちこち水浸しできっと大変だったろう。
ふと、これならばどうかと思い、カップの水をそのまま小さい龍の姿に替えてみる。
あ、出来た。
私の稚拙なイメージでも案外うまくいくもんだ。
因みに思い浮かべた姿はDBの神龍ではなくて、某昔ばなしのOPのでんでん太鼓を持った坊やを乗せたあの龍だ。
たった二人の声優で何年も続けたなんて凄いよな、とか思考が横道に逸れたりしても、そのままの姿で小さな龍はカップ上の辺りをグルグルと回っていた。
とりあえず試してみるだけだったので、再びカップの中に戻すとわずかな波紋を残してただの水へと戻った。
まあ、なんにせよ地味であることに変わりはなかったが、想像することこそが最も重要であり、魔法そのものはかなりの自由度が高いことだけは判明した。
細かいことは、これからの授業の中で少しずつ覚えていけば良いだろう。
そう思い、水を飲み干すと、私が試行錯誤にふけっている間、どうやら視線を集めていたことに気がついた。
「やはり、マレビトさまですな。」
とは神官長。
「どうやら、完全に結界は必要ないようですね。」
とナイルは席を立つ。
外にいる神官たちにもう決壊が必要ないと告げに行くのかもしれない。
エメラさんも驚いてはいたようだが、すぐにお茶のお代わりは要りますか、と聞いてきた。
職業意識の高い人だ。
喜んでお茶を入れてもらいながら、部屋に残る二人に尋ねてみた。
「驚いていらっしゃいましたが、どうかしたんですか?」
「はじめて使う魔法で、あれだけ制御できるものはほとんどおりません。」
「普通は魔力量にもよりますが、数秒維持するので精一杯です。
形を変化させると言うのは、そう簡単に出来ることではないんですよ。」
二人それぞれに説明をしてくれた。
室内で試すつもりはないから高出力が可能かどうかはまだ不明だけれど、どうやら低出力での制御は上手いほうらしいと理解した。
細かい作業は高度なものらしいから、それをもっと極めてみるのも面白そうだ。




