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マレビト来たりて  作者: 安積
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第3章 (8)

彼らはそれぞれに出した魔法を消した。

それが当たり前のこととしてなされることに、また私は感動しているとナイルが聞いてきた。


「どう思いました?」


どう、といわれても返答に困るのだが。


「すごい!

 本当に魔法だった。」


魔法を実際に見たことのない人間からすれば、それが一番の感想だ。

今までフィクションでしかないと思っていたものが実在する光景、それはまさに未知との遭遇だ。


「そういえば、特に呪文やら何やらがあるわけじゃないんですね。

 意思で使う、と言われてもなかなか理解し辛かったんだけど。」


「イメージの補強のために呪文のように言う人もいますよ。

 たとえば、火よ出でよ、とこのように。」


そう言いながらナイルは炎を先ほどのミニ竜巻のように掌に出現させた。


「私の場合も確かに得意でない魔法は言葉にしたほうが出しやすくはあります。

 得意であったり、なれていれば特に問題ないことです。

 ほかにも呪文でなく、魔法のときはついこうしてしまう、と言う癖を持っている方も意外と多かったりしますよ。

 それをやらなくても出来るのだけれど、大体初めて魔法が使えたときにしていたことを験かつぎの意味を込めて行う人が大半ですね。

 ほかにも、知人にはある特定の魔法を使わなければいけない日の朝食は必ず同じものを食べる人なんかがいます。

 とっさにやらなければならない時でも出来るんですから、別に前もって分かっている時に同じ食事を取る必要はないはずなんですけどね。

 本人曰く、気分の問題だそうで。

 呪文を使う場合も大体その程度の意味合いのこととして覚えておけば問題は有りませんよ。」


つまり、どうしても必要なわけじゃなくて、そうしたほうが気分的に成功しそうだから、と言うだけのものなのか。


「始源の魔法使いは小説や漫画の呪文を唱えることで魔法を使ったと伝わっていますから、そちらのほうがやり易いのかもしれませんね。」


「それは初耳。

 一体どんな魔法を使ったんですか?」


あくまで概論でしかない教科書には、そこまで詳しいことは載っていなかった。

小説、漫画から取った、と言うことはやはりオタクか。

というか、ラノベ的な小説や漫画がこの世界に広まっているくらいだから、始源の魔法使いを含め何人もの日本のオタクがこちらに入植(?)しただろうことは間違いないんだろう。

たった一人の人間が広めようとしたって、早々広まるものではあるまい。


「それが、後に本人が後に黒歴史だ、と言ってすべての記録を破棄させたそうです。

 そのため今では誰も知る人はいません。

 唯一、真相にたどり着いたのではないかと言われる研究者がいましたが、この彼が黒歴史ゆえに記録を廃棄する、と言う文書を発見した方なんですが、黒歴史を暴露するわけには行かない、と言って結局研究自体をやめてしまったそうです。」


「佐伯氏のことですね。」


「そうです。

 ああ、件の本も彼の著作でしたか。

 同類の誼で、とのことだったようですが、それ以降彼を越える研究者は現れていません。」


「自分にもしものことがあったら、ダンボールの中身を親が来る前に処理してくれ」、と同様の情けをかけたんだろうな。

相手が故人だとしても、同じく異界に連れてこられたオタク同士、何か思うところもあったのだろう。

例え死後だったとしても、黒歴史は暴露されたくはないものだ。

特に、一度は王位にまでついた人だったのなら、そういう気持ちは特に強かったことだろう。

でも、調べれば樹精人あたりなら誰かしら知っていそうな気もする。

彼らは先祖代々の記憶を受け継ぐから、そのうち一人くらいなら知っている人もいるのではないだろうか。

まあ、興味は尽きないが、それは今度本で調べるか直接樹精人に尋ねてみればいい。

都合の良いことに樹精人の知り合いがいることだし。


「さて、始源の魔法使いのことはまた今度授業で取り上げるとして、もう一度、実践してみましょうか。」


「……はい。」


さっきの失敗を頭の隅に追いやって、もう一度強く思う。

一応、イメージ補助のために何か言おうか。

水…美味しい水……。

よし、これだ!


「六○のおいしい水!!」


何故かふと浮かんだのは某国内産ミネラルをウォーター。

エ○アンでもヴィッ○ルでもクリスタル○イザーでもその他なんだって良かったはずなのだが、どうしてこれだったのかは私にも分からない。

因みに、名前が浮かんだ割りに、実は一度も飲んだことはなかったりする、多分。

何せ生まれる前からあった商品だ、小さい頃に知らずに飲んでいたことはあったかもしれない。

まあ、それはさておき。



カップを指差しながら叫ぶと同時に、ちゃぷん、という気の抜ける音と共に紅茶を飲み終えたカップに水が湛えられていた。

紅茶の残りと混じって微妙に色がついているのは気にしない。


「……。」


信じてはいた、が実際にそれが形を成すのとではまったく異なる。

成功したのだから信じていたのは確かだろう。

しかし。


「……うそぉ。」


思わず毀れたのはそんな言葉だった。

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