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マレビト来たりて  作者: 安積
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第2章

「お前にも、本来は界渡りの耐性はあるはずだ。

 だが、それはある要因によって阻害されている。」


「どうして、そんなこと分るんですか。」


直に会うのはたった3回目で、うち2回は意識もまともにあったとはいえない状態だったというのに。


「お前は、他のマレビトとは違う。

 お前だけは、世界を成長させる要因としてではなく、お前が、お前であるが故に選ばれた。」


意味が分らない。

今夜は、分らないことばかりだ。

いや、この世界に来てから、ずっと分らないことだらけだった。


「これは、贖罪なのだ。

 お前にとっては酷なことだろう。

 関係者の一人でありながら、それを知らずに生きてきたのだからな。」


贖罪とか、関係者とか意味が分からない。

ただこの世界に呼ばれたマレビトと言うだけでなく、何か理由があったとでも言うのか。

それこそ一体どこの厨二設定だ。


「お前は、地球にいた頃、違和感を感じたことはなかったか?

 誰も自分を理解は出来ない、自分は他の人間とは違う。」


「それは、思春期の人間ならばたいていの人が抱く感情です。何も私が特別にそう思っていたわけじゃない。」


「だが、それはもっと幼い頃から、そしてこちらへ来る直前ですらもその思いはあったのではないか?」


「だとして、何だと言うんです。実は私はこちらの世界に生まれるはずだった人間だとでも?」


「当たらずとも、遠からず、といったところだな。

 正しくは、前世のお前がこちらへマレビトとしてくるはずだった、ということだ。」


……前世?

異世界トリップも随分ファンタジーだと思ったけど……。


いや、それ本気の話ですか?


思いも寄らなかった言葉に気勢を削がれ、怒りが萎んでいく。


「本気で言ってます?」


「異世界は信じられても、前世は信じられないか?」


おかしいそうに微笑むアカシェを見てももう苛立ちは感じない。

一度静まってしまった感情はそうそう再燃しない。


「まあ良い。話は長くなる。こちらに来い。」


そうアカシェは東屋に誘う。

戸惑っているうちにテーブルの上には湯気の立つ二つのカップがおかれ、嗅ぎ慣れた香りが漂ってきた。


「とりあえず飲むと良い、ツェフの部屋にあったものだ。

 格段美味いと言うものでもないが、不味くはない。」


ああ、やっぱりか、と思いつつ温かいお茶に口を付ける。

涼しい夜風の中で飲む温かな茶に、ほぅっと、気が抜けていく。

柱の間から覗く月はまだ天高く、とても長く感じていたのに、部屋から出てきてまだそれほど時間が過ぎていないことを教えてくれた。

言いたいこともたくさんあったのは事実だし、恨んでいるのも事実だけれど、どうしてあんなにも気を荒げたのだろう、と冷静になると思えてくる。

感情を押さえ込み、自身の中に飲み込んでしまうのは地球にいた頃から変わらない。

あまり感情を表に出さないでいることは、私にとって当たり前のことだったのに。

環境が変わればそれまで普通だったこともストレスになってしまうのだろうか。


「さて、話をしようか。」


ぼうっとし始めた頃にアカシェは静かに言った。


「古い話だ。

 この世界がまだ生まれてそれほどたたない頃。」


「ある世界で、会る種族が滅びを迎えようとしていた。

 その世界は完成に近づき、創世の力が消えようとしていた。

 その種族は、創世の力、この世界で言うところの魔力によって生きる生き物だった。

 その種族が滅びるのを忍びなく思い、残り少なくなった彼らを全て創世の力あふれるこの世界に迎えることにした。お前は、その中の一つだった。」


ちょっとまて、その一員というのはまだ分かるが――


「“一つ”って、どういうことですか?」


「お前はまだ卵だった。」


卵……。

人ですらなかったのか!!


「そして、手違いで、その最後の卵一つだけがなぜか地球へと行ってしまった。」


「贖罪って、それが原因なんですか?」


「そうだ、その神々にすればほんの些細な手違いが、悲劇を生んだ。

 一族を何より大切にし、番と子との絆を最重要としたその種族は最後の一人だったお前を失い、全て狂った。」


「……。」


「その狂乱は、まだ幼かったこの世界に多大な傷をもたらし、ただの一頭を除いて全て狂死した。」


「それは……」


「話は、聞いたことがあるはずだ。」


「狂乱の竜――。」


この世界で細々と暮らしていた人々を襲い、形成されたばかりとはいえ既にその態を成していた多くの国を滅ぼしかけた、そしてマレビトによって魔法を世界に齎すに至った、この世界の長いとは言えない歴史の中で最大とまで言い伝えられるようになった災厄。

そして、それは――


「神が世界への介入を決める切欠となり、我ら神族は産み落とされた。」


私が、私のせいではないとは言え、その切欠となったのか。

気分がいい話ではないが、前世とか言われてもまるで実感はない。

仲間だったものが狂ったと言われても、その事に対し何も感じない。


「救おうとしたはずの一族を、逆に滅びへと誘ってしまった。

 その上、ほかの種族にまでも多大の犠牲を強いた。これが、贖罪の由縁だ。

 竜の魂を持つおまえをこの世界に呼び寄せ、本来であれば狂うはずのなかった竜種を新たにこの世界に根付かせる。

 神々が何を考えてそのような結論を出したのかは知らんが、そのためにお前が生まれるのをずっと、待っていたのだ。」


確かにそれは、恐るべき災厄であったのだろう。

神々でさえ途中で止めることが出来なかったほどに。

だが、だが、それは……!!


「“私”には、関係ない話じゃないですか。」


生まれ変わる前はどうあれ、今の私はただの人間だ。

例え、本当に前世が竜だったのだとしても。

それを確かめる術は私にはないのだから。


「そう、だから、お前には酷なことだと言った。」


この人はなんなのだろう。

私を苛立たせる言葉を吐くかと思えば、こうして神々への批判とも取れなくもない言葉も吐く。


「神々がそう望んだが故に、今のお前は、最早人ではない。」


なんだか、色々と衝撃的なことを一気に言われ続けたせいか、何も感じない。

人ではないと言われても、素直に受け入れるとは行かずとも、帰れないと言われた時ほどの抵抗感は生まれなかった。

温くなってしまったお茶に口をつけ、一息ついてから訊ねた。


「私は、竜なんですか?」


「いや、人であり、竜である。

 強いて言うならば竜人か。

 人と竜、そのどちらの性も受け入れるために、お前は長い時間をかけて体を再構成された。

 目覚めたときこそ最近だが、お前がこの世界にやってきたのは大分前の事だ。

 今はまだ人としての意識が強く、尚且つ幼体だから変化は少ないが、やがて人であったときのお前とは姿は変わっていくだろう。

 帰ることはできないのはそれが理由の一つだ。

 人でない身では、地球へは帰れまい。」


人ではないから帰れないのだと言われても、言うべき言葉が見つからない。

ただ、一つ不思議に思ったことを聞いた。


「なぜ、今更こんなことを教えるんです?」


もっと早く教える事も、逆にずっと言わずにいることもできただろう。

なのに、どうしてこのタイミングだったのか。


「必要だと思ったからだ。

 このままでは、遠からずお前は壊れるだろうと。

 全てを教える必要はないと、そもそも何一つお前自身のことを教える必要はないと言われていた。

 やがて嫌でも分る事だから、と。

 だが、それではお前は納得できないのだろう?」


その通りだ。

訳の分からないまま訳の分からない世界につれてこられて。


「お前は全てを知らねばこの世界を受け入れられないだろうと、私が判断した。

 今回こうして来たのは私の独断だ。」


もうずっと、辛くて辛くて堪らなかった。

ああ、そうだ。

私は、この世界に来てしまった事よりも、理由が分らない事が何よりも恐かったのだ。

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