第2章
「この国はマレビトが少ない。
かつては多くのマレビトがこの国にはいたが、やがて世界の中で最もマレビトの少ない国となった。
だから、マレビト同士で学びあうと言う事がそもそも不可能なのだ。
その代案として考えられたのが、この世界のサポート役を一人つけ、後は実地で慣れさせると言う方式だ。」
習うより慣れろ、とは言うけれど、いくらなんでもそれって暴論じゃないだろうか?
顔に不満が出ていたのだろうか、アカシェが苦笑しつつ続ける。
「今まではこれで上手く言っていたんだ。」
それは、きっと、多分今までの渡り人たちが出来人だったんですよ。
残念ながら私のような若造に、そんな余裕はない。
「第一印象で嫌がられることのないように、守護者の候補は優秀であることは勿論、若く見目良い異性が選ばれる。
見目良く、自分を気遣う者を嫌うものはあまり多くはないからな。
守護者との間に信頼関係を築き、多くのマレビトがこの世界に馴染んでいった。」
どうせ私は性根が曲がっていますよ。
そんな私をこの世界連れてきたのはそちらなのだからそのことで文句を言われる筋合いはない。
文句を言うなら早々に地球に帰してもらいたいものだ。
それにしても、その理屈は分らないことも無いが、外見で候補を選ぶってBB船のブローンじゃないんだから。
いや、意味合い的にも似たようなものかもしれない。
「ナイルもそうだが、ツェフも今でこそ年を取ったが、それでも見目が良いだろう?」
「……ツェフ?」
耳慣れない人名に思わず首を傾げる。
「名前までは知らなかったか。ここの長のことだ。」
ここというと、ああ、神官長のことか、あのロマンスグレー。
きっと若かりしころはさぞや美形だったろうとは思っていたけれど、あの人もマレビトの守護者だったとは。
確かに今でもご婦人方には人気がある。
まあ、私に対してはまるで初孫に対するおじいちゃんみたいな感じなんだけどさ。
あれ?でも……。
「守護者の契約は一生ものなんですよね?」
私は神官長の側にマレビトがいるのを見たことはない。
と言うか、この町に、私以外の"マレビト"はそもそも存在しない。
「マレビトと守護者の契約が解消されるのは、いずれかの死のみだ。
マレビトは長命なものが多いのは事実だが、必ずしも全てのマレビトが長命であるというわけではない。
ツェフが仕えたマレビトは既にこの世を去った。」
この世を去る、それはどういう意味だろう?
通常ならば死を意味するのだろうけれど。
「それは、亡くなった、と言う意味ですか?それとも……」
「守護者の契約が解消されるのは死のみだ、と言ったろう。
例え帰還したとしても、その契約は消えない。
あの契約は一種の宣言みたいなものだからな。」
では、その人は帰ることなくこの地で生を終えたのか。
「お前は、帰りたいのか?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
そして次に、この人は、一体何を言っているのだろう、と思った。
誰も私に尋ねなかったそれは、実際に聞かれてみれば酷く不快なものだった。
「当たり前のことを聞かないでいただけますか。
そんなの、聞くまでもない事でしょう。」
ああ、嫌だ。
今、自分がどんな顔をしてるのか容易に予想がつく。
押さえつけていた感情を剥き出しにされる、その不快感に更に感情は軋みを上げる。
表情を取り繕う余裕はもう残っていない。
鏡で見ることは出来ないが、相当酷い顔で彼を見ら見つけているはずだ。
なのに、そのことに何の痛痒も感じていないのだろう、アカシェは平然と言葉を繋いだ。
「そうか、ならば私はお前に言わねばならないことがある。
それが、ここを訪ねた第2の理由だ。」