8章
元々神殿の人たちは精霊と言う存在に慣れていると言うのもあるのだと思う。何せ神殿に祀るうちの一柱は水の精霊、水竜アトルディアだ。精霊と契約してるしている人も比較的多いと聞く。無事名付けが終わったことにここの人たちこそ安心したのだろうと思う。心配を、迷惑をかけずに生きられるようになりたい。つい沈みがちな感情を和らげるようにマイアが寄り添う。
神殿はただの宗教施設ではない。半ば行政機関も兼ねたような場所だ。まるで昔の日本における寺社のように戸籍管理を兼ねているし、ナイルが育ったように孤児院があったり、この街ではあまり聞かないけれど貧民救護を担いセイフティーネットの役割を果たしているらしい。
でも、そういう部署にはいったことはない。用もないのに訪れるのは邪魔でしかないだろうし、何より、神殿内が広すぎてよく分からない。部屋と食堂、玄関までの往復は流石に覚えたけれどそれ以外の場所に行ったら迷う自信しかない。
少しでも活動範囲を広げるために、知っているところもより知るために出歩いてみることにした。
最初は比較的慣れている庭園。部屋のテラスから直接出られるから一番慣れていると言っても良い。夜にアカシェと会ったのもこの庭だ。
光舞祭を終えて季節も変わり、庭の植物もその様相を変えている。以前とは違う花が咲いてる。夜だけでなくここは静かだ。手入れはされているけれど、人にあったことはない。まあ、庭と一言に言ってもかなり広いし、木立や生け垣でさりげなく区切られていて、全体を一気に見渡せるわけでもないからもしかしたら見えないところに今も誰かいるのかもしれないけれど、木々が音を吸収してくれるから気付きにくくなっているだろう。
そう思うと、あの夜はやっぱり特別だったのだと分かる。呼ばれていなければ、夜にあそこまでたどり着くことはなかっただろう。あのときアカシェの元へ向かった道を辿る。芝生の感触を楽しみながら歩く。四阿には当然ながら誰もいない。誰もいない椅子に腰かけて一息つく。
どの花か分からないけれど、微かに甘やかな匂いが漂ってくる。青々と繁る緑の匂い。柔らかく吹き抜ける風。
穏やかな時間が流れている、そう感じる。人工的に作られた場所なのに不思議と自然の中にいるような気分になる。前の世界では感じたことのなかった感覚だ。
魔力とも違う何かが体と世界を繋いでいる、いや、巡回している、のか? 何かの流れの一部に組み込まれているようにも感じる。目を閉じると、自分自身が世界にとけていくようなそんな感じさえしてくる。
不思議な感覚に身を任せていると、気づけば結構な時間がたっていたようで、アマラに揺さぶられて目を開けると太陽が中天にあった。
これ以上時間がたつと食事の時間を過ぎて心配をかけてしまう。
アマラと連れだって部屋に戻った。