第8章
「あの子、とはお前の精霊のことか?」
『はい、近くに感じるのにどこにいるのか分からないんです。』
以前のように、見えないといるのかいないのかわからない、というのではなく、見えないけれど間違いなく近くにいることは分かるのだけれど、それがどこなのかが分からない。
「ふむ、分かるようになったかと思ったが、まだ分からぬか。」
アカシェは少し考えるような素振りを見せ、答えた。
「名を呼んでみろ。それで分かるはずだ。」
名を呼ぶ、あのこの名前……。
嗄れて声は出ないけれど、唇を動かしてその名を呼んだ。
「マイア、来て。」
何かが、私のなかでざわりと動いた。
魔法を使ったときに感じたものとは違う場所。
私の一部であり、私ではないもの。
私に融け込んだ何かが、繋がったまま私から離れて動き出す。
分かった。
道理で、近くに感じるはずだ。
マイアは、私の中にいた。
空気が滲むように現れた柔らかな羽毛の先が、部屋の光に透けて淡く煌めく。
肩に確かな重みをもってマイアは、顕現した。
以前より濃く深くなったように見える一対の瞳が私を見つめ、まるで甘える猫のようにその白い顔を私の頬にすり付けた。
「分かっただろう? 契約精霊は契約者と繋がっている。双方、個であって個ではなくなる。その精霊はどちらかが死ぬまで|契約者<<お前>>のそばを離れることはない。安心しろ。」
じゃれつくマイアを見ながらアカシェは話す。
「さて、これで無事に名付けを終えたわけだが、何か変わったか?」
多分、彼は分かって、あるいは気づいているんだろう。
私の心が根本的なところで変わったことを。
でも、そんなことは言わない。
『別になにも変わりませんよ。私は、私です。』
「そうか。」
『ええ、そうです。』
だって、私はここで生きていくことを受け入れたと前にも言ったのだから。
それが言葉だけではなくなったというだけのこと。
そんな私の気持ちがわかったのか、アカシェはそれ以上その事に触れることはなかった。
「熱はまだ下がらないだろうが、他に辛いところはないか?」
『大丈夫ですよ。熱も、自分ではよくわかりません。』
寧ろよく寝て気分は良いくらいだ。
「それは大丈夫とは言わん。もう少し寝ておけ。」
『はい。』
アカシェのてがまぶたに重なる。
眠くないと思ったけれど、やはり眠かったのか、まぶたが降りてきた。
『おやすみなさい』
よく眠れ、そんな声を聞いた気がした。