第8章
この世界に溶け込んだような、ここに居ても良いのだと、こここそが私が在る場所なのだと確かに受け入れられたような高揚感の中で、初めて得る何もかも手放しで受け入れられる安心感に、私の意識は飲み込まれた。
ゆらゆらと穏やかなまどろみに全てを委ねて、多分、この世界に来てから初めての心からの安らぎを手にしていたのだと思う。
どこかで声が聞こえた。
誰かが、女の人が何かを叫んでいる。
振り上げられたその手が振り下ろされる。
痛くて、恐くて、何より哀しくて哀しくて哀しくて――。
ただ蹲り、その力の嵐が通り過ぎるのを待つだけの私の耳に、微かな歌声が響いてきた。
それは哀しいばかりの私の心を包み込むような優しい、温かな歌声。
心だけでなく、体までも温かくなる。
そのぬくもりに、全てを忘れて瞳を閉じた。
もう、恐ろしい女の人の影は襲ってこなかった。
まどろみの中で、優しい二対の瞳が私を見つめていた。
深く青く澄んだ瞳と、黒と見まごう程の深緑の瞳。
『恐い物はここにはいない』
『大丈夫』
ああ、さっきのはただの怖い夢だったんだ。
ここは安心。
誰も私を傷付けたりはしない。
『お父さん』と『お母さん』がいるから大丈夫。
恐いものなんて、何も無い。
『お母さん』の大きな翼の下で、私は再び目を閉じた。
声が、聞こえる。
どこか、遠くから。
ごぉごぉと風が唸る。
息も出来ないような風圧に体がきしむ。
眼下を物凄い速さで景色が流れ去っていく。
背中が、翼が痛みを訴える。
けれど、その痛みをものともしない喜びが全身を駆け巡っていた。
『吾子』
いつの頃からか空が息苦しいものとなっていた。
空の王と呼ばれるほどに、その力は絶大であったのに。
一人、また一人、仲間が消えていく。
子は生まれず、息苦しい空はどんとんと広がっていた。
だが、生まれた。
『吾子』
最後になるかもしれない、我らの子。
この風の壁を越えれば、その向こうには……。
声が、聞こえる。
誰?
私は、まだここにいたいの。
体が軽い。
息が楽だ。
いつ以来のことだろう。
ここでなら翼も軽々と羽ばたこう。
だが、いない。
いない、イナイ、いない、イナイ、いない、イナイ
どこ、どこにいる、私の子?
どこへ行ってしまった?
どこにもいない、どこにもいない。
どこにいるの!?
悲痛な叫びが上がる。
咆哮が世界を焼いた。
声が、聞こえる。
私を呼ぶ、誰かの声が。
アトルディア
「目が、覚めたか?」
「……、」
声が、出ない。
見知った声にこたえようと口を開けたが、出るのは乾いた空気の音だけだった。
「良い、無理に話すな。」
冷たい手が、まぶたに落ちる。
何故だか熱いまぶたに、その温度が気持ち良い。
どうして、彼がここにいるのか分からなかった。
そして、傍にいるはずの存在の不在が気に掛かった。