第8章
ぎりぎり本鈴がなる前に、教室に辿り着くことが出来た私は人気の絶えた廊下でそれでもまだぐずぐずしていた。
因みに、この教室にユーリグがいると言うわけではない。
彼とはいまだに受講内容が被っていない為に、教室で会うことはまずないのだ。
この教室にいるのは、前期まで一緒に講義を受けていた、逆言えばそれだけの存在なのだが、彼らからどんな目で見られるか、ユーリグにも同じ目をされるのではと言う想いから、なかなか扉を開けることが出来ずにいた。
自分でも気にしすぎだと思う。
自意識過剰で気にしすぎな上に何をそこまで怯えているのかと、この世界に来たばかりの私なら、否、地球にいた頃の私でさえそう言うだろう。
これはある意味、ナイルのせいとも言えた。
あんなに彼に反発していたと言うのに、私は気づけば彼に、彼の異常なまでの過保護さに慣れきってしまったいたのだ。
昨夜、自分が何をそんなに恐れているのかを考えていて、そのことに気付いたときには愕然としたものだが、確かに私は彼に依存しつつあった。
情けない話、甘やかされる生活に浸っていたのだ。
対人関係に関心が薄く、人に何を言われても基本気にせず、感情表現すら希薄だと言われていた私は何処へ行ってしまったのだろう。
と、そんなことを鬱々と考えていたせいか、声をかけられるまで人が近付いていることに気付きもしなかった。
「そこで何をしている、ルディア・アーク」
いきなり話しかけられビクッと振り返ると、もはや標準仕様と思われる眉間の皺を深く刻んだ人物が見下ろしていた。
「間もなく本鈴が鳴る。早急に入室し、受講の支度を整えなさい。返事は?」
「はい! グレイズ先生。」
威勢良く返事をすると、未だ落ち着かない心臓が早鐘を打つに任せたまま、あわてて私は教室に駆け込んだ。
一応、挨拶だけは忘れずに。
だがその返事を聞くのもそこそこに、周囲の目など気にする間も持たないまま筆記用具を机に広げたところで、本鈴と共にグレイズ先生が教室へと入ってきた。
――ま、間に合った。
今まで受講したことのある三人の中で、最も受講態度に厳しいグレイズ先生は本鈴前に生徒が受講準備を整えていることを望む。
それが出来ていない生徒が一人でもいれば課題が激増することは前期の講義で嫌というほど分っていた。
もし間に合わなければ、マレビト云々を除いたとしてもクラス中から白い目で見られることは避け得なかっただろう。
ほっと息をつく間もなく、一斉に生徒が起立するのにあわせ打て立ち上がる。
ちらちらとこちらを伺うようだった視線も全て先生へと向かう。
その視線が、私がマレビトということで向けられるものだったのか、それとも遅刻ぎりぎりのクラスメイトを非難、或いは応援する目であったのか確認する余裕は私には無かった。
始業の挨拶を終えて着席すれば、良くも悪くも後はもう授業のことしか頭には入らなかった。