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マレビト来たりて  作者: 安積
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第2章 (6)

そこにいるのは誰かと内心戦々恐々としながらも足は止まることなく進む。

私が視線に気付いた事に気付いたかのように、もう視線を感じない。

それでも、足は止まらない。

こんな深夜に出歩いている同士(?)、しかも人の事をどうやら観察していたらしい相手だ、その顔を見てみたいじゃないか。

近付くに連れて微妙に逆光気味ながらも見えてきたその姿にまずは神官でないらしいことにホッとし、更に近付いてどうやらその人物がお茶を飲んでいるらしい――これは神殿長も好んで飲んでいるが、実は庶民向けのお徳用の紅茶に似たお茶の匂いだ――事を嗅ぎ取り、そして、顔がはっきり見えるようになって思わず歩みが緩んだ。




話は変わるが、まだ地球に居た頃の事だ。

昔、と言うほど昔ではないけれど、10年一昔ともいうのだから、まあ昔と言っても差し支えないだろう。

十数年前、小学校低学年の頃でさえ、いや、幼稚園の頃でさえ友人たちはアイドルグループの誰某が好き、という話をしていた。

彼女たちほど積極的にはなれなかったものの、確かに私もその中に混ざってはしゃいでいたのを覚えている。


だから、私の“この”変化は肉体年齢の遡行のせいではないのだろう。


それから更に時が下って、中高生にもなると相変わらずアイドルの話も有ったけれど、同級生やら他校生やらと随分身近ではあるが逆に現実味を持った生々しいコイバナをしていたのだ。

だけど、どういうことだろう。

いくらあまり恋愛ごとに興味がもてず(二次元は別だが)、脳の性別診断で完全な男脳だと言う診断結果が出たり、とうとう恋人も無いままに社会人になってしまった私だったけれど、少なくとも、地球にいた頃の私であれば、この人を見て何も感じないと言う事はなかったはずだ。

この人に限らず、あの神官だって、顔だけなら日本にいた頃にはとてもじゃないがお目にかかる機会はなかっただろうという秀麗さだ。

今の私にとっては何の意味もないことだけれど。


そう、今の私は…なんと言うか、“女”の部分がないのだ。


かと言って精神的に男だという訳ではない。

肉体的な性別は兎も角として、精神的には今の私は無性なのだと何となく自覚があった。

気付いたのは少し前の事だったけれど、これが“私”が元の“私”とは違うものになってしまったのだという一つの証でも有るように思えた。




全く、とこの世のものとも思われないような美形を前にため息を一つこぼす。

異世界トリップの王道の一つにその世界の人との恋愛っていうのがあるけれど、どうやらそれは私には当てはまる事ないようだ。

過去の事を思うと不思議なのだけれども、現状としてはどんな美形を見ても「美形だな」つまり、造形的に美しいモノだ、という思いしか抱けないのだから仕方がない。

全く、何とも勿体無い事だ。



東屋にティーセットを広げ、月明かりの元でお茶を飲むその人は“人”とは思えなかった。

彼の神官殿も顔だけは美形なことは認めよう、性格はどこまでも合わないが。

けれど、この人はその更に上を行く。

例えるならば、神官が傾城とするなら、この人はまごうことなく傾国である。

いや、類稀な美貌と、更にその上を行く人外の美貌とでも言うべきか。

まあ、二人とも男だけれど。


その人は見てもいなかったのに、私の歩みがとまったことに気付いたのか若干俯いていた顔をあげる。

穏やかな表情をしているように見えるのに、一対の金が私を射抜く。

蛇に睨まれたカエルとはこんな気持ちなのだろうか。

まるで金縛りにあったかのように動きを止めた体を振り切るように声を出す。


「こ、こんばんは……」


思わずついてでた言葉は平凡極まりないもので、他に何か言い言葉はなかったのかとも思うが後の祭りだ。

うん、正面から見ても美人は美人だ。


「こんばんは、水竜の子」


一拍置いて絶世の微笑みと共に返された言葉に、相手が自分のことを知っていることを理解する。

水竜の子、それはアトルディアの加護を持つ私を示す呼び名の一つだ。

この神殿で今生活している子供(外見上の)は私一人で、この中庭にこの時間にいる人ならば、滞在者のはずであるから、そのことを知っていてもおかしくはない。

私自身、この一月余りの間に、見知らぬ人に自分のことが知られている状況には慣れてしまった。

でも、何故だろう?

この人は、“私”を知っているような気がする。

そして、私も……。


「えっと、初対面……で下よね?」


「いや、これで3度目だよ。」


「……すみません、記憶にないのですが」


「最初に会ったときは君に意識はなかった。」


いつの事だろうかと思い返し、この世界に来て意識がなかったことは……たった2ヶ月ばかりの間に地球に居た頃にはありえなくらいにあったな、と思い至る。

けれど、次の言葉でそれがいつであったのかすぐに理解できた。


「2度目に会ったとき、君はまだ名を持たず、起きてはいたが、まるで夢現のように見えた。」


そんな時は、たった一度しかない。

そのときにあった人物の事は、確かに話には聞いていたがまるで覚えてはいなかった。

その人物だけでなく、そのときの事自体をほとんど覚えていないのだから当然だ。

そうであるならば、この人は……。


「ようやく、“君”と話せて嬉しいよ。マレビト、アトルディア。」


差し伸べられた手の……。


「貴方は……。」


その指の数は……。


「改めてよろしく。」


人のそれによく似た、けれどただ一つ大きな違いがあるその手を思わず凝視する。


「貴方は……」


6本指のその手を持つのは、この世界でただ一種族。


「私は、アカシェ。エグザーダナの領主を務めるアカシェだ。」


それはこの世界で最も特別な種族。


神が神話ではないこの世界の、生ける神。


神族……。

それは、神が自ら遣わしたというその御子の血筋――。

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