第7章 (10)
それが白だったのか光なのかなんなのか分からない。
ただ、強烈過ぎる認識しきれないそれに対処しきれずに、視界は塗りつぶされた。
条件反射のように思わず目を閉じ、更に両手で以って塞ぐも、そもそもが光学的な視界として捉えたものではないが故に、それには何の効果も無い。
物理的な現象によるものではないお陰で、視界が閉ざされただけで閾値を越えたことによる痛みは無いことだけが幸いだ。
意識して見るのを止めれば、強い光を見たあとの残像のようなものは無く、ただそこにあるのは先ほどまでと同じ夜の光景。
ホッと、ため息がこぼれた。
背もたれに寄りかかり、一息ついていると僅かに笑っているような、笑いを堪えているような気配を感じた。
ちらと隣を見上げてみれば、いつもどおりの微笑むナイル。
だが、その口の端は微妙に動いている。
「……分かってて、勧めましたね?」
思い返せば、最初に見るように言ったのはナイルだった。
こうなることは分かっていたに違いない。
「申し訳ありません。
ですが、悪気があったわけではないのですよ。」
曰く、そもそも精霊を見る力が強くなければ私のようにはならないし、見ることに習熟していれば以下同文。
つまるとこ、潜在能力ばかり高くて制御できていないという現状が、自覚できる形で明るみに出たということに過ぎない。
要訓練、ということを身をもって教えてくれたわけだ、ナイルは。
「だからといって、他に方法は無かったんですが……。」
何だか、一気に疲れた気がする。
それと同時に気も緩んだ。
飽き始めてこそいたものの、解けないままだった緊張もすっかり解れた。
それを見越してのことか、ナイルが言う。
「折角の祭りです。
ここではそういう気分にはなり難いとは思いますが、少しくらい楽しんでも、誰も文句は言いませんよ。
貴方は、今回が始めの祭りなんですから。」
初めてだから楽しんで。
もしかすれば、私を部屋から追い出した彼らも、そういう気持ちでいたのかもしれない。
私を市に連れ出してくれたハルディアさんや、今こうしているナイルがそうであったように。
そう思ったら、何だかすんなりとその言葉が出た。
「ありがとう、ございます。」
誰も見知った人のいない異世界に来て、その世界で出会ったいろんな人たちの心遣いに気持ちが暖かくなる。
思えば、日本にいた頃はこんな風に心砕いてくれる人なんて、周りにはほとんどいなかった。
それには、私自身にも原因があったのだろうと今なら分かる。
一方で、彼らには彼らなりの打算があって、私によくしてくれているのだと思うひねくれた思いもまた私の中にはある。
けれど、それらを抜きにしたって、彼らの気遣いは温かだった、自分を気にかけてくれる人がいるというのが、こんなにも嬉しいものだとは知らなかった。
思い返せば、何時だって皆は、この人は私のために動いてくれていたのだ。
かつて聞いた、アカシェの言葉どおりに。
たったそれだけのことで、と思う人もいるかもしれない。
でも、人への気遣いの大変さを私はよく知っている。
それを継続することが、どれだけ大変なのかも。
ましてやそれが、私みたいにひね曲がった性格の人間に対してのことならば。
「ありがとう、アニルヴァーユ。」
だから、呼んだ。
彼の名を。
一度教えてもらったきり、一度も呼んだことの無いその真名を。
ともすれば周りの音に掻き消されてしまいそうな、彼にだけ聞こえるくらいの声で。