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マレビト来たりて  作者: 安積
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第2章 (5)

この度の東北関東大震災により亡くなられた皆様のご冥福をお祈りすると共に、被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い救援・復興が成し遂げられる事を願います。

部屋の中に明かりは無かったけれど、窓から差し込む月明かりで十分だった。

窓を見上げれば、木立の合間から3つの月が覗いているのが見えた。

外に出れば、他の4つの月も目に入る事だろう。

でも、寝室に面した窓から外へ出ることは出来ない。

私に宛がわれている部屋は3部屋の続き間だ。

これは保護されていた期間を過ぎ、ギルドに所属するようになっても変わっていない。

いずれ成長した暁には神殿の庇護の下を離れる私としてはあまり贅沢な生活に慣れたくないのだけれど――何せ、一番小さな部屋でさえ私が学生時代に借りていた1Kのアパートよりも広いのだ――、他の部屋に変えてもらう事は出来なかった。

部屋の構成は一番奥が寝室で、真ん中は居室、最初の部屋が客を迎えたりする応接室になっている。

庭に降りられるのは、応接間の窓に併設したテラスからだけだ。

応接間に向かうため静かに寝室の扉を開ける。

隣の部屋には誰も居なかった。

ここ数日はエメラさんや他の侍女さんが隣室に控えていてくれることも多かったけれど、調子は良くなりつつあったから今夜は皆部屋に戻っていたらしい。

再びそおっと扉を開け、忍び足で応接間へ抜ける。

やはりこちらも無人だ。

それでも尚音を立てないように細心の注意を払い、外へと通じる大きな窓からテラスへと出た。


庭に面したテラスは結構広い。天気の良い日はそこでお茶なども飲めるようにと椅子とテーブルのセットなんかがおいてある。

生憎と、私は一度も使ったことは無いが。

そんな余裕が無かったのも事実だが、そもそもお茶会、と言う習慣に興味が無かったというのも大きな理由の一つだ。

残念ながら私がこの部屋を使うようになってから利用される機会に恵まれていないテラスだが、見晴らしはとても良い。

テラスの前だけは目隠しとしての木々はなく、庭園のような内庭を一望できるようになっている。

内庭、といっても学校のグラウンドよりも広いんじゃないかと言うくらいの規模だからやはり庭園と呼んで差し支えないのかもしれない。

こういったテラスや内庭に直接面した外廊下――と私は勝手に呼んでいる。恐らく景色を楽しむ為なのだろうが、庭に面した壁がなく、柱だけで支えられている場所がいくつか有る。晴天の日はともかく、悪天候の日や冬は寒いだけだろうと思うのだけれど、どうなんだろうか――の前には目隠しの木立はない。

しかし、その他の各々の住人の私室、たとえば寝室の前などには花などが自然な感じに植えられたちょっとした空間があるだけで、絶妙な配置をされた木々によってうまい具合に外からは中を窺えないようになっている。


外から中が窺えないということは、逆もまた真である。

そんな訳で私としてはありがたいことに、今の時間なら中庭に出たとしてもそうそう気付かれにくいようになっているのだ。

何となく、童心に返った気がしてわくわくしてくる。

気分はまるで親に隠れてっこそり夜中に家を抜け出す小中学生のようだ。

テラスの隅にある小さな階段から静かに庭へと足を下ろす。裸足に芝生のような若草が触れてくすぐったい。

でも、歩きにくい、というものではない。

裸足で庭を歩き回るだなんて、何年ぶりのことだろうか。

何だかここまでくると小学校低学年か幼稚園生のようである。

少なくても、今ぐらいの外見になっていた頃には既にそんなことは辞めていた気がする。

それが、本心からのものであったのか、それとも子供っぽいことはしないんだという精一杯の大人ぶった姿勢故だったのかまでは覚えていないけれど。


久々にやってみると、意外にも楽しい。

もし、変に大人ぶった結果として辞めていったのだとしたら、当時の私は随分ともったいないことをしていたのではないかとも思うのだけれど、それは大人になった今だからこその思いであるのかもしれなかった。

まあ、子供っぽいことをしたとしても、今でさえこの世界の人たちは私を子供扱いしているのだから、特に問題はないだろう。


地球にいた頃見たことのある月明かりと違って、他に光源が要らないくらいに異世界の月はしっかりと照らし出す。

数が多いからかもしれないが、不安を抱くような暗闇はここにはない。

地球のそれとは違い、原理すらも異なる月たちはこの世界の衛星ではないという。

そもそも、衛星だけでなく恒星というものも存在しないのだ。

太陽は太陽であり、星ではない。

昼の世界を照らし出す役目を負った他の何かであるらしい。

神が昼と夜とを分け、昼の世界に太陽を、夜の世界に月と星をと配した、魔法の力あふれるここはまさに神話の世界。

この先どう変わっていくかは分からないが、今はまだ確かに神代の理が息づく世界なのだと言えた。


そんな風に教えられたことをつらつらと思い返しながら、幾つもの影を引き連れて、特に目的もなく庭を歩く。

当たり前のように付き従う影たちを見て、そういえば、と思い出す。月と酒を飲み影と共に躍ったのは李白であったか杜甫であったか。

月と影と自分との三人で遊ぶと彼は歌ったが、この世界に来たのならばきっと驚いたことだろう。

多いときで月は7つ、そうすれば影も7つだ。

そこに自分も合わせれば総勢15人の大所帯だ。

とても静かな隠遁生活を送る歌にはならなかっただろう。

そう思うと自然と笑みがこぼれた。

それとも、九つに増えた太陽のうち八つを矢で打ち落としたという伝説の残る国の人だから、一つだけ残して六つの月も射落とそうと考えただろうか。

打ち落とした太陽はカラスだったと言うから、この世界の月を射落としたならば、落ちてくるのはウサギだろうか。

どちらにせよ、向こうの世界で1000年近くも前に死んだ人間がどう思うだろうかなど考えるだけ無駄なのだが、夜の庭園を散歩しながらそんな無駄な思考を繰り広げるのが楽しかった。


月明かりの元の世界は、昼と違った顔を見せ、それもまた目に楽しい。

昼間ははただ太陽に照らし出されるだけであった多くの花々が、月明かりの元では自らも仄かに発光し、月明かりには劣るものの柔らかな光源となり地面を明るく映し出す。

光っているのは花だけではない。葉も茎も、木々の幹でさえも、更には庭の小径に敷き詰められた小石でさえも仄かな光を湛えている。

まるで、幻想の世界にいるかのようだ。

もし辿り着けたとしてもアポロ着陸船もルナ・ローバーも何もない月は未だに好きになれそうになかったけれど、それでもこの景色は嫌いではないなと、素直にそう思えた。


裸足に小石の小径は痛いから、柔らかな芝生のような草地を歩く。

後々バレたら怒られそうな気もするけれど、その時はその時だ。

特に目的もなくふらふらと歩いていたわけだけれど、ふと、庭の真ん中で一際明るい光を放っている石造りの東屋が目に付いた。

目に付いた、というか先程から視界には入っていたのだが、急に気になりだしたのだ。

まるでそこから誰かが見ているような。

夜光石で出来ている東屋は、それ自体が発する光故に、そこに人がいるかは逆によく分からなかった。


誰かに今までの行動を見られていたら、と思うと急に恥ずかしさが全面にでてくる。

実年齢で大人だと言い張っていたのに、まるでこれでは完全に子供そのものではないか。

誰にも見られていない一人だけの空間でなら、子供っぽいことしてるなぁと笑い混じりでありこそすれ、恥ずかしくも何ともなかった行いだが、人に見られていたのなら今すぐにでも穴を掘って埋まってしまいたいくらいの行いに感じる。

何が恥ずかしいのかは自分でもよく分からないけれど、まさしく私は恥の文化の国、日本の育ちである。

欧米人ならきっと、他人の目なんて気にもかけずに思うがままに行動できるのだろうが、恐らく多くの日本人がそうであるようにそれは私には無理な話だ。


このまま逃げ帰るのが一番良いのだろうが、万が一にでも知り合いで有れば後が気まずい。

この際ここは異世界なのだから、旅の恥はかき捨てだ――現状が旅といえるかどうかはともかくとして、異世界“トリップ”と言うのだからもう一括りに旅でおkだろう――。

人が居るなんていうのは私の自意識過剰な気のせいで有れば良し、誰かが居たとしても知らない人で有ればそれでも良し、もしも知人であったところで口止めを頼めばいい話だ。

せめて最悪の事態、我が保護神官殿でさえなければそれで良し、である。

もし彼だった場合、数時間に渡る説教コースは免れ得ぬだろう。


先程までの高揚感とは違う心臓の響きを感じながら、東屋へと向かう足を進めた。


微妙に被災地に入っており、地震から数日、ネットに繋げられませんでした。

ネットに繋がるようになってからも気力が涌かず大分遅くなってしまいました。

漸く家の中のゴタゴタも片付いてきたところですが……原発、早く何とかしてくれよorzな辺りに住んでいるのでちょっとどころでなく心配。

もうこの2週間ちょっとでほぼ2年分の放射線量超えちゃいましたし。

関東以北では大変な生活を強いられている方がまだまだ沢山いらっしゃると思います。

怒りやら悲しみやら色々あるでしょう。

頑張ろうだのなんだのと言うつもりは有りません。

まずは、生きていきましょう。


誤字・脱字等ありましたら、報告していただけると嬉しいです。

批評・感想等もお待ちしています。

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