第7章 (9)
精霊語、と呼ばれる言語体系がある。
この世界の全ての言葉が分かる筈の渡り人でさえ、学習しなければ理解できない言語の一つだ。
精霊に語りかける為に用いられていたと伝えられるこの古い言葉を、その特殊性から精霊が我々とは一線を画す存在であることの証左として挙げるものも居る。
主に精神体としての存在である彼らは、明確な言語を持たないと言われているが、この精霊語こそが彼らの言語であったとされている。
あまり世に知られた言語ではない。
知っているのは神殿に属する者や、一部の精霊術士に限られるだろう。
通常精霊は、その好意を抱く対象としか係わり合いを持たないが、この言語にのみは反応する。
この言葉であれば、精霊を全く感じ取ることが出来ないものであっても、精霊に呼びかけることが出来るのだ。
出来ることなら、もっと早くに知りたかったものだが、私がこの言語を知ったのは、ハルディアさんに精霊術について学び始めてからの事だ。
長く伸びる重なり合う音韻に、始めのうちは気付かなかったが、語り掛けであることに気付くと同時にそれが精霊語であることに気がついた。
まだ学び始めで単語をいくつか聞き取るくらいしか出来ないが、それは精霊に顕現を希う請文であるとこは分かった。
蛇もどきが姿を現したのも、この呼びかけに答えてのことだろう。
精霊術士でなくとも、精霊に呼びかけが出来るその言葉を、精霊に愛されている人々が歌えばどうなるか、それはきっと、明言するまでもなく明らかだ。
柔らかな音の波に浸っていると、それはやがて静かに始まった。
ぽつ、と一つ光が灯る。
二つ。
三つ。
ぽつりぽつりと、聖堂に光が集まり始めた。
五つめを数え始める頃からその数は加速度的に増えて行き。
一気に膨れ上がった光は、一瞬聖堂を埋め尽くしたと思ったら、消えた。
「っ!?」
思わず声が漏れそうになるのを抑える。
これがいつもどおりのことなのか、誰一人驚いている人はいない。
聖堂に溢れかえっていた精霊の姿はどこにもなく、ただ蛇もどきだけが私の傍に居た。
私が一人混乱している間に祈りの歌は終わり、集ってきた時とは違い、列を組んで神官たちが退出していく。
呆然とした思いでそれを見送っていると、気が付けばもうほとんど聖堂に人は居らず、ナイルに促され慌ててその場をあとにした。