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マレビト来たりて  作者: 安積
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第2章 (3)

熱砂の風の面々がやってきたのはそれから間もないことだった。


「よぅ、嬢ちゃん。

 元気にしてるか?」


にへら、と笑ってやってきた赤毛のヒト種がリーダー格のフェルディモータ。

二つ名は“烈風”。

折角の渋い美形なのに表情がそれを台無しにしていることを本人は気づいているのだろうか。


「元気じゃないから見舞いに来てるんでしょう?」


にこやかに即座につっこみを入れたのは、その補佐を務めるヴェディエッド。

黄緑がかった金髪に、オークの肌、深い新緑の瞳の美人さんだ。

なのに何故だかその笑顔が恐ろしい。


「ごめんねぇ、タキちゃん。

 このヒト、阿呆で。」


そう言いながら、片手でフェルにアイアンクローをかましていようとも、そして例え被害者が悶絶していようとも、美人さんは美人さんである。

こちらもヒト型種だけれど、彼女は通称森の人、樹精人と呼ばれる種族だ。

人の姿をしているけれど、彼女の本質は“歩く木”である。

彼女、とは呼んでいるものの実質的には彼でもあり彼女でもある。

出るとこは出て、引っ込むべきところは引っ込んだ素晴らしいナイスバディな彼女に勘違いするヒト種の男は後を絶たないらしいが。

この世界の全ての生き物が、他の世界から連れて来られた生き物の末裔と言われているが、一族の記憶を引き継ぎ続けるという彼らによれば、その祖先は元の世界ではまさしく歩く木(ドリアード)だったらしい。

こちらの世界で進化した結果現在の姿になったわけではなく、この世界に連れて来られたときに姿を作り替えられたのだとか。

気付いたら知らない世界にいて、人の姿になっていたの、なんて言うんだから、傍迷惑な誘拐魔な神様だがドリアードをヒト化とかその能力は本当にスゴい。

ただ若返らされただけの私でも困惑したのだから、おそらく当時の樹精人たちの困惑ぶりは相当なものだったろうと思うのだが、「ちょっとは吃驚したけどね~、動き易くなって良かったよ」の一言で済ませられてしまった。

精神の有り様がどうやら私たちとは違うみたいだ。

熱砂の風の中で、一番最初に親しくなったのが彼女だ。

外見が厳つくないと言う理由から親しくなったというわけではなく、どちらかと言うと私が懐かれた、という方が正しい。

未だに自覚はないのだが、高位の水霊の加護を持つ私の側は、本性が植物な彼女にとっては居心地が良いのだそうだ。


「そこ、夫婦漫才は他でやってください。

 俺たちは見舞いに来てるんです、それも他の奴らの代表で。

 ほら、タキだって呆れ返ってるでしょう。」


的確な指摘でフェルとヴェディエッドを止めたのはこれまた美形の青年、熱砂の風の中でも若手だが既に二つ名持ちである“旋風”のナジクだ。

因みに、フェルとヴェディエッドがそう言う関係というわけではない。

フェルには誰もが羨む美人の奥さん(このことに関しては詐欺だ、とかギルド内七不思議の一つとかの声がよく聞かれる)と外見だけは可愛らしいお子さんが数人いるし--直接知っているのは二番目の子供だけだが、誰に似たのか性格が悪い。フェルには言えないが、あんなのはクソガキで十分だろう。ムカつくので詳細は割愛--、一方でヴェディエッドは「今は恋愛の気分じゃないの」だそうだ。

樹精人は寿命が主なヒト種の軽く10倍近くあるためか、それとも元が植物に近いからなのか特定の伴侶を得ることに関心が薄いらしい。


さて、ナジクは金髪碧眼の正統派の美形だ。

顔立ちから、鋭くなってしまいがちな雰囲気も気さくな性格のお陰で、普段は優しい兄ちゃんといった感じだ。

これには賛否両論あるらしいが、戦闘時の鋭い鋼のような雰囲気とのギャップがまた良いわ、というのが街のお姉サマ方の総意のようである。


こう思うとこの世界って本当、美形率高いかも。

これが神好みに手を入れられてる世界ってことなのか?


などと私が変な考えに耽っていると、ナジクから声がかかる。


「ずっと休まず働き続けてたんだって?

 気付いてやれなくて悪かったな。」


年下の家族を見守るような優しげな目だ。

もっとも、私の方が実年齢は上なわけだけれど。

でも、日本とこの世界との年代別の精神年齢を比較すればこちらの世界の方が高い感じだから、あながち間違いでもないのかもしれない。


「こちらこそすみません。

 約束をしていたのに守れなくて。

 しかも見舞いまで……ありがとうございます。」


「気にすんなよ。

 むしろ謝るならこっちの方だ。

 こんな小さい体で頑張ってたってのに、無理してることに気付かなかった。」


「それこそ気にしないでください。

 これは自己責任です。」


「ばーか。

 後進の面倒みるのが先人の役目だっての。

 俺たちは大人のマレビトしか知らなかったから、つい同じように考えちまってた。

 お前も奴らと同じ様な規格外なんだ、ってな。

 お前はまだこんなに小さいのになぁ。

 だから、悪かった。」


「こちらこそ、心配かけてごめんなさい。」


「だから謝るな、っての。

 まあ、何にせよ思ったよりは元気そうで何よりだ。」


「ところで、マレビトが規格外ってどういう意味です?

 私、他のマレビトにあったことがないので全く知らないんです。」


先程のナジクの言葉に抱いた疑問をたずねる。

マレビトが規格外の存在だと言う話は聞いた覚えが無い。


「ん?それはな……。」


ナジクが答えようとしてくれたところに……


「ちょっとぉお、何タキちゃん独り占めしてるのよ!!」


ヴェディエットが、


「マレビトがいかに規格外かというとな……。」


フェルディモータが、割り込んでくる。

どうやらナジク曰くの夫婦漫才は終了したようだ……。


「あ、抜け駆けわずるいわよ、フェル」


いや、まだ続いているらしい。


「おいおい……。」


ナジクも最早止めることはせず呆れ返っている。

まあ、見舞いに来てこういうことをする人はあまりいないだろう。

うん、ナジク君は意外に苦労人……なのかも知れない。

この人たちを抑えるのは大変だろうから。

普段はこんなでも、戦闘になると別人のように変わると言うのだから人間って不思議だ。

街を離れて荒野にまで出るギルド員は総じて能力が高い。

その中でも、熱砂の面々は特に評価が高い一団だ。

人型種が多いグループとしてはこの辺りでは最強であるとも言われている。

因みに、人型種にこだわらないのであれば、最も強いと言われているのはエルトダムさんと、私はまだあったことが無い獣人の二人らしい。



「皆さま、そろそろお仕事に向かわれたらいかがですか?」


と、盛り上がり始めたところで、先ほどまで後ろに控えていたエメラさんがスッと前に出てくると、賑やかな一団を一撃で沈めた。

気付けば、三の鐘が鳴っている。


「おお、もうこんな時間か。」


「名残惜しいけど、戻らなくちゃ……。

 タキちゃん、この花を私だと思ってね。」


「ありがとうございます。」


樹精人である彼女が育てる植物は精霊の加護を持つ人間が育てるのとはまた別の意味で質が高い。

何と言うべきかよく分からないが、生命力があるというか、瑞々しいのだ。

花は鮮やかに、そしてよく香る。

そちらを専業にすれば良いのに、とも思うのだけれど、彼女が言うには同族は売り物にするものではないとのことらしい。

頼まれれば譲りもするが、それだけだ。

そういう姿勢もまた彼女の花が人気の理由のひとつなのかもしれない。


「ヴェディエッドの花はきれいで良い匂いだからとても好きです。」


わざわざ見舞いのたまにもって来てくれたのだろう花は、優しい匂いがした。


「ああ、もう、なんて可愛いの!」


何が良かったのか感極まっている彼女に後ろからフェルの声がかかる。


「おい、ほらもう行くぞ。」


「他の皆にもありがとうって伝えてください。

 頑張って来てくださいね。」


「おう、嬢ちゃんも早く元気になれよ。」


「俺たちが帰ってくることには元気な姿を見せてくれよ。」


「それじゃ、またね。

 タキちゃん。」


「はい、皆さんお気を付けて。」


やがて彼らが庭木の陰に消え、姿が見えなくなると静かにエメラさんは窓を閉めた。

窓の向うをそれでも見続ける私に静かに声がかかる。


「大丈夫ですか?」


「バレましたか。」


実を言えば途中から起きているのが少し辛くなっていたのだが、エメラさんにはやはりばれていたらしい。


「無理はなさらないで下さい、と申しましたでしょう?」


「ごめんなさい。

 でも、止めないでくれてありがとうございます。」


「楽しかったですか?」


「はい。」


部屋に閉じこもっていては気分が腐る。

外の人と話す事は、私にとって大切な日課だった。

僅かな時間でも、それを叶えることができた事に感謝がいっぱいだ。


「では、少し休みましょう。

 まだ貴方には休息が必要です。

 何か、必要な物はありますか?」


「いいえ、大丈夫です。

 たぶん、寝てれば治ります。」


「それでは、ゆっくりお休み下さい。」


「ありがとうございます、エメラ姉さん。」





静かだ。

神殿の奥には滅多に人が入ってくることはない。

耳にはいるのはただ、自分の呼吸音と、時折吹き込む風の音。

日本にいた頃には味わうことのなかった静寂。

24時間、いつだって、どこでだって人の動いている音がした。

車の排気音や走行音、電車の音や外から聞こえてくる人の声。

家の中だって、テレビやパソコン、音楽機器、何かの機械の電子音。

意図的に音を出していないときだって、時計の針の音や待機中の家電から微かな音が聞こえていた。

狭い家では、他の部屋にいる家族の存在が感じ取れたし、一人暮らしの時も薄い壁の向こうの隣人の生活音が漏れ聞こえていた。

だから、こんな静けさを、私は知らない。


こうして一人で寝ていると、日本にいた頃を“思い出”す。

薄情なものだ。

あんなにも帰りたいと願っていたのに、否、今なお願い続けているというのに、それなのに、私はもう日本を“思い出”としてしてしまっている。

認めたくなかったことだが、こうして正面から向かい合わせられる機会が来たことによって、気付きたくなくても気付いてしまった。

日本での生活が、送るべき日常ではなく、既にかつて送っていた日常になっているのだ。

これが、“渡り人”の“渡り人”たる所以なのだろう。

そんなことを夢現に考えているうちに、眠りはすぐに訪れた。

月10話更新の予定でいたのにorz

お陰さまで学位論文が受理されて、めでたく修士課程修了と相成ました。


ま、とりあえず、今月は先月の分を取り戻すべく18話更新の予定です。

それでは今後とも宜しくお願い致します。

(予定は未定なんですけどね)


誤字・脱字等ありましたら、報告していただけると嬉しいです。

批評・感想等もお待ちしています。

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