第7章
「……それが、まだ決まっていないんです。」
羽毛の蛇、と言えば、古代アステカの白き風神、ケツァルコアトルがまず頭に浮かぶ。
この蛇もどきも真白の羽毛に覆われているし空も飛ぶのだから悪くはないのだが、どうもしっくりこない。
かといって他に思い浮かぶ名がある訳でなし、神の名だから駄目なのだろうかと思うもケツァールと短くしてしまえば南米の極彩色の鳥になってしまうし、ケツァルコアトルスでは翼竜になってしまう。
いくら蛇もどきが空を飛ぶと言っても、翼竜よりはまだ羽毛恐竜の方が近そうだなんだと考えているうちに思考が逸れる。
竜と言えば、自分自身が最後の竜種の産まれ変わりであると聞かされて、もう大分経ったが、これと言った実感もなく、ただ、まるで本に書いてあったことを鵜呑みにするように事実として受け入れるのみでしかない。
とまあ、そんな風に考えが脱線したりと、名付けは随分と難航していた。
既に半月近くも“蛇もどき”のままである。
流石にこのまま定着させるわけにはいかないと思うも、気が逸るばかりだった。
「まあ、気長に考えれば良いわ。急いで付けねばならないものでもないのだから。」
と、ハルさんは締め括った。
蛇もどきは自分が話題の種となっているのを知ってか知らずか、時折もぞもぞと動いては日向ぼっこを続行していた。
蛇もどきの名付けに難航していたのには訳がある。
精霊の名付けはある意味で特殊なのだ。
名は体を表す、と言う言葉があるが、まさに彼等はその典型で、本来ならば肉体を持たない存在であるからなのか、名というものは、そのまま彼等自身の有り様に非常に強い影響を与えるのだと、精霊交流の講義で習った。
以前、属性とはその精霊の好みだという話を聞いたが、私たちがその属性で精霊を呼ぶことによってより強く属性に縛られることになると併せて聞いた。
属性でもそれだけの効果があるのだから、名が持つ影響ともなれば言うまでもない。
そうと言われれば、気軽に名付けてしまうわけにも行かず……まあ、深く考えすぎなのかもしれないけれど。
「そう気難しくならずに、気楽に考えればいいのよ」ともハルさんに言われたのだが、それが出来るくらいなら悩みはしない。
既に“蛇もどき”という仮称ですら何らかの影響を与えているのではないかと内心ヒヤヒヤしているというのに。
見た目からそう呼んでいるだけであって、しかも彼自身に呼びかけるときに使っているわけではな居のだからそれほど問題はないとは思うのだが、相手は精霊。
私の理屈や常識が通用する相手ではないからこそ不安にもなる。
「このまま“蛇もどき”が定着しちゃったらどうするよ?」
ハルさんの下を辞去し、神殿に戻ってから――。
いつものように寝台に潜り込んできたふかふかの蛇もどきを、さながら抱き枕のように抱き寄せながら尋ねてみたが、何か答えるでなく、静かにその目を閉じただけだった。