第7章 (3)
「そう、そう、そんな感じ。
基本はね、どれだけ明確に精霊たちにお願いするかってことなのよ。」
ハルディアさんは言う。
明確に、詳細に願えば願うほど、精霊術の正確性は増す。
精霊は思いを読み取ってはくれるけれど、精霊独自の判断も加えてしまうから、望んだとおりの結果を出す為にはそれをなす為に必要なのはどのようなことなのかを明確に彼らに示さなければならない。
例えば水を撒くという単純なことであっても、その範囲は、強さは、量は、と精霊の解釈が介在する余地がないくらい明確に指示を出さなければならない、それが精霊魔法なのだと。
何となく、だいたい、勘で、魔力量さえあればそんなふうに曖昧でも思ったとおりに行使できる魔法と比べると、かなり面倒な手順が必要となる。
というか、魔法は思ったとおり以上の結果を齎すことはほぼ有り得ないが、精霊術は簡単に思った以上の効果を得てしまうと言う点が、最も難しいところなのだろう。
つまり、暴走しがちである、と言う事だ。
まあ、マレビトに限って言えば、常人とは比べ物にならない、尋常ではない魔力量のために暴走する、ということがありえるのだが。
通常の場合は、狙いが曖昧でも規模が小さかったり、不発に終わることこそあれ、魔法は暴発することは滅多にないのだ。
魔法の場合、明確に狙いを定めるのは、第一に魔力の節約、第二に成功率の上昇が目的が、精霊術の場合は暴発率の低下のためであるという、似たようで異なる理由による。
「魔法は大人にならなければ使えないでしょう?
だから制御も比較的楽なのよね。
でも、精霊術は大抵物心付くか付かないかって頃の子供が学ぶことが多いから、とっても大変なのよ。
暴発しがちで危険も多いのでね。」
だから、精霊に好かれた者は下手をすれば乳児期から親元から離れて、精霊術士の下で育てられることが多いのだとハルディアさんは言った。
ハルディアさん自身は、そういうことはなかったのだそうだけれど、彼女の師となった人の下にはそういう理由で預けられる子供がとても多かったのだそうだ。
確かに、赤ちゃんが泣くたびに精霊たちが騒ぎまわったのでは、大抵のお母さんはノイローゼになってしまうだろう。
稀に、乳児期から完全に精霊を支配下に置く子供もいるそうだけれど、"稀"だからこそそういう話は広く伝わるのだ。
精霊をうまく宥めるコツは、と聞けば。
「何かとよく頼ってあげることね。
貴方の為に何かしたくて仕方がなくて傍にいる子たちに何もするな、と言うのは酷よ。
頼んだときも、手伝ってもらって悪いなあっていう気持ちは持っちゃ駄目。
そういう負の感情を持ってしまうと、次こそはもっと満足してもらおう、って逆に張り切っちゃうの。
手伝ってくれてありがとう、とそう言ってあげるだけでとっても精霊たちは満足するわ。
ヒトとの関係とは全く別、価値観も何もかも違うのだってよく認識していることが重要よ。」
ハルディアさんの監督の元で、色んな訓練を行った。
水の精霊だけでなく、他の精霊たちにもお願いをして。
私に加護を与えてくれたのは、水の精霊の中でも高位のアトルディアと呼ばれる精霊。
だけれど、何故か他の属性の精霊たちも私を好いてくれている。
ハルディアさんは水の精霊以外との相性はあまり良くないらしいけれど、その時はフィズさんやイドゥンさん、他にも護衛を勤めてくれている――最近はメインが先述の二人だったけれど、もともとローテーションを組んでいたので二人だけではない――シュファンやカーディ、ノードさんといった精霊術士でもある面々がそれぞれ相性のいい精霊との訓練に付き合ってくれた。
因みに、髪色からきっと火属性だ、と思ったイドゥンさんは風属性だった。
漫画やゲームみたいに自身が持つ色彩で変わるものではないらしい。
「そういえばハルさん、属性ってなんなんですか?」
そんな疑問がわいたのは当然のことだったと思う。
フィクションの世界では火と水などは反対の属性で反発する、なんてことを読んだりもしたけれど、実際には火の精霊も水の精霊も仲良く共存していたりするのだ。
それ以外にも、例えばハーブを乾燥させるにしたって、水の精霊に頼んで水分を抜き取ると言う方法と、火の精霊に頼んで熱で水分を蒸発させる、と言う方法をとることが出来る。
多分、風の精霊に頼んで風を当て続けて乾燥することも可能なのだと思う。
他には、火を消すには火の精霊に頼んで消してもらう、水の精霊に頼んで水をかける、風の精霊に頼んで真空にしてもらう、土の精霊に頼んで土で包んでもらう。
結果的に全て火は消える。
方法は違えど、水と土の精霊の方法はともかく、火の精霊の方法と風の精霊の方法は空気が見えないものだけあって、傍目には区別が付かない。
しかも、どうやらそれぞれに楽な方法を取ってもらった結果であって、どの精霊も火の精霊と同じように火に直接働きかけて火を消す、ということは可能らしいのだ。
それ以外のことに関しても同様だ。
そうなると属性とは一体なんだ、というのが素直な気持ちだった。
その問いに関する答えは、様々なフィクションに毒されてきた私には想像も付かないものだった。
「実はね、属性でもって何々の精霊って呼ぶけれど、精霊は全部同じ種で違いは無いのよ。」
曰く。
属性と呼ばれているものは精霊個人の好みの問題でしかないらしい。
水の精霊と呼ばれるものたちが水辺にいるのは、ただ単に彼らが水辺を好むから。
火の精霊が乾燥や高温を好むのは、熱いところが好きだから。
風の精霊は、大気中を漂って色んなところを巡るのが好きだから。
土の精霊は、一箇所に留まり続けるのが好きなだけ。
正直言って、精霊と言うものに対するイメージがわずか数日間でガラリと変わった。
変わったと言うか、今まで抱いていた憧れにも似た敬虔な気持ちは全て崩れ去った。
そんなもの、微塵も残っていない。
つまり精霊とは、好きなことにしかまるで興味がない、好きなことしかしたくない、というかするつもりも無い、なんていう究極のわがまま生物だったらしい。
そう聞くと、まるでニートのようではないか。
尤も、彼らには働いて糧を得る必要がないのだが。
精霊=一族揃ってのニート集団、そう思ってしまうともはや夢も希望もあったものではない。
正直言って、この世界に着てある意味最も知りたくなかった事実の判明であった。
……いつもどおり6時の予約投稿にしていたのに投稿されてなくて変だと思ったら、18時予約になってたorz
今朝方までがんばった苦労は一体……orz