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マレビト来たりて  作者: 安積
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第7章 (1)

学校に通い始めて間もなく6ヶ月を迎え、初めての学期を終えようとする頃、周囲はにわかに賑やかになりつつあった。

街行く人たち皆が浮き足立っている。

それもそのはず、間もなく祭りが始まるのだ。

1週間かけて行われるというその祭りは夏至の夜に最高潮を迎えるのだそうだ。

空に昇る七つの月が全て満月になる唯一の夜、この日から1年の後半の12ヶ月、光月が始まる。

この祭りは光月の祭りとも年返しの祭りと呼ばれる、1年の折り返しを、それまで無事に過ごせたことを祝う祭りなのだそうだ。

因みに、新年を迎えるのは、闇月の祭り、年改めの祭りと呼ばれ、こちらも賑やかなものであるらしい。

この国では、冬至の夜に新月から始まる12ヶ月を闇月と呼び、夏至の夜の満月から始まる12ヶ月を光月と呼ぶ。

闇月と光月双方あわせて1年なのだが、最近知ったことによると、なんと、闇と光でそれぞれ1歳年をとると数えるそうなのだ。

つまり、この世界では1年で2歳年を取るのが当たり前。

地球人の感覚ではちょっと不思議ではあるが、そういうものらしい。

だから、これはある意味で、もう一つの新年の祭りといえるのかもしれない。


初めて迎える大規模な祭りに、私も人々の例に漏れずその時を心待ちにしていた。



「話には聞いてましたけど、本当に賑やかなんですね。」


ギルドの3階の窓から見下ろした大路は市の時間でもないというのに、それを上回るかという混雑具合だ。


「祭りが始まったらこの比ではありませんよ。」


というセムの言葉に、その光景を想像し思わず顔を顰めたら自他共に認める変人集団の面々に苦笑された。

いや、だって人ごみ嫌いだしとは流石に口にはしない……人に埋もれてしまう大変さはここの人たちには分かるまい。

何せ皆大きいから、日本の、じゃなくてこの世界の平均身長超えてる人ばっかりだから、と思っていたら、同じく窓際にいたレグにぽんと肩を叩かれた。

振り向けば、分かるよその気持ち、とでも言いたげな視線とぶつかった。

ああ、ここにはまだ同士が一人残っていた!

お互い無言のままに手を握り合う。

相変わらずプニプにした肉球の感触が最高だ。


既に期末考査を終えたりと学校の授業が少なくなってきている最近、こうしてギルドに来る日が増えていた。

それは他の皆も同じようで、試験を終えた息抜きがてら、本を読んだり趣味に没頭したり、のんびりと過ごす人が多いようだった。




「そういえば、この辺りってお店があるわけでもないのに、何でこんなに人が多いんですか?」


屋台が出るのは夕方からで、それまでは特に開いてるお店が多いというわけではない。

それにこの辺りに多いのは飲食店であって、せかせかと道行く人たちが皆お腹を空かせているようには思えない。


「ああ、それはだな、この辺りは役所関連の施設も多いからだ。

 ここは元からギルドと銀行が隣り合っているだろう?

 必然的にそういった施設も周りに集まったという事だ。

 祭りに乗じて店を出しに来るものも多いからな。

 恐らく、その申請に来ているのだろう。」


とアルシュ。


「へえ。

 道理で、何か堅そうな雰囲気の建物が多かったわけですね。」


私の目にはどうも関心のあること以外は入ってこないようだ。

まあ、この辺りで仕事というのも滅多にないことなのだけれど。


「後は安宿が多いからだね。

 ここはアウトラーシェンの中でも辺境に位置する町だけど、聖域と離宮のお陰でこの辺りでは一番大きな町だから、祭りの時期は観光客が増えるんだ。

 1週間も泊まるなら、普通の宿より月極め宿の方が断然安上がりだから。」


補足したのはイシャーラ。


「お陰でこの時期はギルドにも人が集まる。」


嫌々そうに口にしたのはソレムだ。


「どうしてですか?」


「宿からあぶれてギルドに泊り込む人が必ず毎年いるんだよ。」


彼もそのクチ、こっそりとイシャーラは付け足した。

どうやらソレムは泊まっていた宿の契約更新を忘れていたらしい。


「他にもね、人が集まると問題も起きやすくなるから、警備や警護の依頼も増えたりね。

 後は、店番の手伝いとか雑用仕事とか街中で出来る簡単な依頼も増える。

 その上、学生達は皆休みに入る、と。

 そうなれば、分かるよね?」


「皆休み中にギルドに登録に来る、ってコトですね?」


高校生や大学生が夏休みを期にバイトを始めるのとに多様なものか。


「そういうこと。

 そういう子たちも皆でギルドに泊まったりするからまあ、人は増えるよね。

 その上、僕らみたいに前からいるギルド員はその手の仕事からもあぶれがち、と。」


ああ、それはイラつきたくなる気持ちも分かる。

私は前もって仕事を取っておいたけど。


「ところで、そんなに沢山の人がここに泊まれるんですか?」


不思議に思って聞いてみれば、ふふふと楽しげにイシャーラが答えた。


「ルディはまだここ全部見たことないだろう?

 意外と泊まれる部屋もあったりするんだよ。

 まあ、ほとんどは雑魚寝だけどね、中には個室もある。

 ソレムは次善策としてそれを狙ったんだけど、そっちもとられちゃっててねー。

 お陰であの不機嫌なのさ。」


「まあ、自業自得だな。」


と、言いつつもアルシュの手には寝袋がある。

じっと見ていたら苦笑しつつもアルシュは答えてくれた。


「私は祭都の出身なんだが、何故か毎年この時期は姉がやって来てな。

 自分で宿を取るでなく、私を部屋から追い出すんだ。

 毎度のことで慣れてしまって、こうしてここに寝泊りしているというわけだ。」


人それぞれ、事情は色々あるようだ。




「そんなことより、アルシュ。

 ちゃんと準備は出来てるんだろうな?」


「勿論、抜かりなく。」


苛立ちを紛らわすかのように、無理やり話題転換をしたソレムに対し、アルシュは悠然と数枚の書類を取り出しにやりと笑う。

よし、と満足げに頷くソレム。

今年もまた忙しくなるなぁ、と伸びをするイシャーラ。

何も言わないけど、二本の尻尾がブンブンと揺れている――ネコって楽しいとき尻尾振るんだっけ?――レグ、髭もヒクヒクと動いている。

そんなそれぞれの様子に微妙に遠い目をしつつも諦念しているかのようなセム。


一体、何が始まるんだろう?

2011/08/29 大幅加筆

2012/03/03 一部修正

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