第6章
私が落ち着くと、ナイルはアトルディアと初めて会ったときの話を再開した。
彼女は、まだ幼い私を抱きながら、彼らに私が"何"であって、"何"になるかを話したのだという。
既に彼女からその話を聞かされていたファーは、自分と同郷である私のことをまだ少年だったナイルに託したのだと。
「“私に借りがあると思うなら、この子に返してやって欲しい。力になってあげたいけれど、その時私はここにいないだろうから”と。」
「なんで、ファーさんは私を気にかけてくださったんでしょうか……?」
私たちには、何の繋がりもない。
ただ、同郷であるというだけの人間だというのに。
「それが答えです。
彼女はこうも言っていました。
袖振り合うも他生の縁、情けは人の為ならず。
同じ世界の同じ時代から、同じように同時期にこの世界に来たってだけで、十分すぎるほど縁深い、助けるのは当然だと。
自分も、かつての同郷のマレビトのお陰で随分と助けられたから、今度は自分が返す番なのだ、と言っていましたよ。」
「ファーさんは、誰かに助けてもらったんですか?」
それは、その時他の日本人もいたのか、という意味で聞いたのだが、
「あなたも、助けられているでしょう?
あなたが好意的に受け入れられているその大部分は、アウトラーシェンの初代国王にあるんですよ。」
その答えを聞いて、理解した。
そうだ、彼を初めとして、歴代の日本人達がこの世界で多くの人に貢献してきたからこそ私は受け入れられているのだと、初めてギルドに行ったときも実感したというのに、今の今まですっかり忘れていたのかもしれない。
もしも、初めての日本人が、始源の魔法使いと讃えられるような人ではなく、犯罪者だったとしたらどうだっただろう?
私たちは、最初から好意的に受け入れられるなんてことはなかった筈だ。
気付かないところで、知らないうちに先人達に私は助けられていたのだ。
だから、ファーさんも数十年前に一度会った(見た?)だけの私を助けようとしてくれた。
いつか来る次の日本人の為にも人助けをしたり、色々していたんだろう。
お陰で、私はこんなにも親身になってくれる、守護者が出来たわけで、彼女がいなければ彼の言うとおり、彼は幼くして死んでいたか、大怪我をしていたか、それでなくても神官にはなっていなかったかもしれない。
もしかしたら、私が何であるかを知らない人が、守護者となっていたかもしれないのだ。
アカシェが、ナイルだけは信じろと、そう言っていたのはこういう意味も含めてだったのかもしれない。
まあ、ナイルの場合は守護者というよりかは文字通り保護者のような感じだけれど。
月並みではあるけれど、見ず知らずの沢山の人たちに支えられて今があるのだと、漸く本当の意味で受け入れられるような気がした。
「私はファーに助けられ、彼女から今度は私があなたを助けるようにと、託されました。
精霊アトルディアからも。
そうして、いつかあなたが目覚めるとき、その助けとなれるよう神官の道を志しました。」
その時に、ここがいずれ私が"竜"としての記憶と、想いを受け取ることになる場所の一つだと聞かされたのだと。
体を作り直すだけでも、私の負担になるから、いつか私がそのことを受け入れられるようになった時、ここを教えるように、と。
そういえば、ギルドでここの依頼を受けたということを、ナイルには告げていなかった。
通称「変人の巣窟」の面々のことは話したけれど、それだけで話すことがいっぱいだったというのもあるけれど、精霊が見えないで四苦八苦している、ということを何となくナイルには言いたくなかったのだ。
もし、ここに来ることを知っていれば、彼は止めていたのだろうか。
気になって尋ねれば、その答えは否定だった。
「知っていても、きっと止めはしなかったでしょうね。
あなたは十分、それを受け入れられると思いましたから。
そのこと自体は、別に何の問題もなかったのでしょう?」
言われて、確かにその通りだったな、と思った。
私が混乱したのは、ナイルの話から新たに分かった事実にであって、けっして、竜の記憶を受け取ったからではない。
その精霊が、とナイルが蛇もどきを指す。
「あの記憶を預かっていた精霊です。
どうやら、他のもの達からは姿を隠していたようですが。」
誰も気にしなかったのはそういうことか、と納得した一方でこんなに確かな実体があるのに、と不思議な感覚も覚える。
「実体があっても、その本質は他の精霊と変わりません。
常にどちらのようにも在れるのが、精霊という存在の特徴の一つです。」
そんなものか、と温かな毛の間に顔をうずめた。
物理的な温かさだけでなく、どこか満たされていくようなその感覚は、あの時見せられた記憶と同じもの。
そして、あの時私をこの廃園に呼び寄せたものの気配と同じ。
「ずっと、ここで私を待っていたんだ……」
訊くわけでもなく呟く。
同意するように柔らかな毛が頬に擦り寄った。
温かな感触に、涙がこぼれた。