第6章
すり、と頬に撫でる感触に、ハッとした。
蛇もどきが、心配そうな顔をして黒のような深い藍のような、まるで夜みたいな不思議な色合いの目で私を見つめていた。
「落ち着かれましたか。」
静かに落ちてくるナイルの声。
「……すみません、取り乱しました。」
思いもかけないところで、思いもかけないことを知り、混乱した。
帰れない、と言うことを納得……は出来ないにしろ、受け入れた。
それでも、それは向こうの世界ではまだ家族が生きている、と思えばこそだった。
けっして、仲の良い家族だったと言うわけではない。
いつまでも馴染めない私に、実の親でさえも手を投げざるを得なかった。
それでも、いつかきっと何か変わる筈だと思っていた。
それは結局叶うことなく、叶わなくても仕方のなかったことなのだと、この世界に来て教えられた。
そう言われても尚、彼らが私の親であり、兄弟であったことに違いなく、私は、彼らと共に荒れるようになりたいと心のどこかではいつも思っていたのだ。
でも、それはもう絶対に叶わない。
私はあの世界へ戻ることは出来ず、戻れたところで、もう彼らはいない。
家族だけでなく、数少ない友人達も。
1日が24時間であるかどうかは私には確かめるすべもないが、1ヶ月24日、1年24ヶ月、1年が600日弱のこの世界で、単純計算しても私があの世界方こちらに来て、地球で言うところの150年近くが経過している。
いくら日本人の寿命が延びたとはいえ、もう、誰も生きてはいない。
それは、私にとっては、自分でも自覚していなかったくらい大きな衝撃だった。
ここは異世界で、そもそも数百年前どころか2000年以上前に私と同年代の日本人がこの世界に来ているということからして、全く時間の流れは異なっている、というかまるで関係がないのだということは分かっている。
きっと、神々からすれば、今この世界に地球の戦国時代の人間を連れてくることも、はるか未来の人間を連れてくることも、さして変わりないことなのだろう。
こちらで何年が経とうとも、それは地球には何の関係もないのだ。
そうと頭では分かっていても、主観的な時間感覚はそれとは異なる。
私にとっては、やはり今の私はあの時の、初出勤しようとした朝からの延長線上にいるのだ。
私が過ごした時が、私の家族に何の影響も与えていないとしても、私の認識は一瞬で変わってしまった。
強い、強い喪失の感情だ。
私にとって家族は、ついさっきまでは会うことは出来ないけれど、遠くで元気に生きている、例えるなら外国にいるかのように感じられていたものが、まるで今では浦島太郎の気分だ。
私の家族は、もういない。
そう、感じてしまった。
きっと、これは数百年を当たり前に生きるこの世界のヒトには分からない感覚かもしれない。
そう思ったけれど、気付けば、ぽつりぽつりと思ったままに声に出していた。
ただ、分かっていたつもりだった、もう帰れないのだということを、今まで以上に強く実感してしまったのだ。
ナイルは、小さい子にするように私を膝に抱き上げ、背中を優しくとん、とん、と叩き続けてくれた。