第6章
「――知って、いたんですか?」
私が、"何"であるかを……。
知らず、声がこぼれた。
彼は、私の問いには答えずに、暫しの沈黙の後こんなことを言った。。
「――少し、昔話をしましょうか。」
そういって彼が話し始めたのは、幼い日の彼の話だった。
それは、まだ彼が少年であった頃のこと。
孤児として神殿が出資する孤児院で育てられ、将来は神官となることが決まっていたも同然だったが、それに逆らいたくて12歳になると同時にギルドに所属したこと。
ギルドで名を上げることを夢見て、神学校に通いながら空いた時間にはギルドで働いていた。
タクスさんとはその頃からの長い付き合いで、実は頭が上がらないらしいとか。
あまり時間はないからと、それほど詳しく話してくれたわけではなかったけれど、初めて知るナイルの過去を、彼が語るその言葉を、私は真剣に聞いた。
彼の話を聞きながら、彼のことを何も知らないのだ、と認識を新たにしたあの日から、私は彼を知るために何もしていなかったことを思い出していた。
一番身近であるはずのこの人を、私はずっと、知らないままでいたのだ。
孤児院と学校とギルドとを往復する生活を続けていた彼は、ある時、異国のマレビトに出会う。
この時、マレビトと共にやってきたうちの一人がクレオさんだったのだという。
無茶をして、危うく大怪我どころか死に掛けた彼を助けてくれたのが、そのマレビトの一行だった。
彼は、彼女に懐き、暫くこの街に逗留した彼女にいつもくっついて歩いていたそうだ。
彼女は、そんな彼に困ったようなそぶりも見せず、好きにさせていたらしい。
この時、何があってそんなことになったのかナイルは説明してはくれなかったけれど、彼女達と共に彼はアトルディアの元を訪ねたのだという。
「ファーは、以前からあなたを知っていたそうです。」
「私のことを?」
彼女は同郷だったと聞く。
まさか、地球にいた頃の知り合いだったとでも言うのだろうか?
しかし、ファーと言う名前に聞き覚えはない。
尤も、これは字だろう。
本名でなければ、私には確認のすべが無い。
その疑問はすぐに氷解した。
「彼女がこの世界に来たばかりの頃に、一度あなたを見たことがあったそうです。」
……。
ちょっと待て。
確か、そのマレビトがこの街へ来た、と言うのは20年以上前のことではなかったか。
つまりそれは、彼女がこの地に前回来たのが20数年前として、その時点で既に私はこの国にいて、更にそれ以前からここにいたということなのか?
「待ってください、じゃあ、私はもう何年……いえ、何十年も前から、この世界にいたと言うことですか?」
「そうです。」
アカシェの話では、私の体は長い時間をかけて再構成されたのだと聞いた。
長い時間、と言ってもあくまで数年単位の話だと思っていたのに。
一体、いつから……。
「ファーが、初めてあなたを見たのは100年ほど前のことだったと聞いています。
その頃のあなたは赤子同然だったとか。
20数年前に、私が始めてあなたに出会ったときは、今より少しばかり幼い感じでしたね。」
100年。
恐らく更に前から私はこの世界にいたのだろう。
100年か!
思わず笑いがこぼれる。
可笑しいわけじゃない、ただ、こぼれた声はそんな形になった。
「ふ…はは、は……100年、ですか。
私の認識では、地球での記憶は、たった、たった、7ヶ月前のことです。
いや、この世界の一月は地球より短いですから、半年経つか経たないか、ってくらいです。
それが――100年。」
しかも、この世界の1年は24ヶ月なのだ。
1ヶ月が短いとは言っても、1年は倍近くある。
その世界で、100年。
あまりに、長い。
あまりに、遠い――。
期せずして知らされた年月は、あまりに重い。
知らずにいたか、いないかだけの違いで、知ったからと言って何かが変わるわけではない。
何も、変わりはしない。
それは分かっている。
それでも、その事実は、私にとっては重いものだった。
それは、最早地球に帰ることは出来ない、と知ったとき以上の衝撃を私に齎し、ナイルが「私が“竜”でもあると知っていたこと」を知った驚愕をも軽く打ち払うほどのものだった。
私が混乱を鎮めている間、ナイルは、何も言わなかった。