第6章
頭一つ抜きん出るように、一人突出してやって来たのはセムだ。
何故そんなに早いのかと思えば、見えるようになった今だから分かるが、精霊を身に纏わせている。
その後ろを追ってくるのはナイルで、こちらもまた精霊の補助があるようだ。
私を視認すると、更にスピードを上げ、私の名を叫ぶセムに、とりあえず無事だと伝える為に手を振った。
それでもスピードを緩めずやって来る彼が、ふいに減速した。
耳を澄ませば珍しく悪態をついているらしい彼の様子に、どうやら精霊が急に力を貸すのをやめたらしいと分かった。
自力だけで走ってくる彼のスピードはそれでも速かったが、私の元にたどり着く直前で、精霊の助力を最後まで得られたらしいナイルが追いつき、セムの首根っこを捕まえて止まった。
「だから、心配する必要はないと言っただろう。」
セムを窘めている様子から、ナイルは彼を止める為に急いでいたらしい。
てっきり、私を心配してるか、怒ってるかのどちらかで飛ばしているのかと思ったが、違ったらしい。
しかも、その口調からすればどうも何かを知っている感じだ。
……が、首根っこを捕まえられ、強制的に急停止させられたセムは激しく咳き込んでいて、ナイルの言葉を聴く余裕はないようだ。
それに構わず、呆れを多分に含んだため息を漏らしつつ、ナイルは言葉を継いでいる。
口調が、いつもの彼ではなく、かつてギルドで一度だけ聞いたものになっている。
ギルドでかなりの有望株とされているセムを簡単にあしらうなんて、実はナイルは強かったらしい。
様々な驚きをもって二人を見ていると、セムに言いたいだけ言ったのか、掴んでいた襟首を離すと、こちらに視線を向けた。
どさっと何かが(何かではなく、落されたのはセムなのは明白だ)落ちる音と共に、多分、これを殺気やらと称すのだろうと思える怒りの感情が放出され、それに精霊たちが怯えるように私の後ろに下がったが、ナイルが視線は私に向けたまま、後ろ手で何事かをしたら、セムから放たれていた殺気のようなものは霧散した。
ナイルは何事もなかったかのように私と私の周囲、特に精霊たちと蛇もどきをじっくり眺めると口を開いた。
「どうやら、無事、目的を果たしたみたいですね。」
おめでとうございます、と微笑む声は優しかった。
ナイルは私に結構甘いほうだけれど、それでもその表情は滅多に見られないような優しさに満ちている。
その目は、時々私に向ける、私を通して別の誰かを見ているようなときの視線によく似ていた。
「ナイル……?」
一体、彼は何を知っているのだろう。
彼の言葉の真意を知りたくて名を呼んだ。
ナイルは、分かっているとでも言うかのように一つ首肯すると、話し始めた。
「ここは、貴女の為に用意された仮初の聖域の一つだったのですよ。」