第6章
何かが、聞こえる。
……水の音と、それからこれは、精霊の、声?
意識が急速に覚醒へと進む。
光を感じてゆっくりと目を開けば、世界は彩りに満ちていた。
空気が、夢で見たのと同じように遊色効果を持っているかのように様々な色に煌めく。
その中に星のような、蛍のような光がいくつも見える。
音のような、声のようなよく分からないそれと共に、光が明滅する。
少しだけ私から離れて、周囲を取り巻くその光の帯に、“彼ら”が精霊と呼ばれる存在であると理解する。
それは夢で得た知識なのか、それとも直感的なものなのかは不明だけれど、すんなりとその理解は脳に受け入れられた。
彼らからは、まるで夢の中の竜たちと同じように、純粋な好意だけが寄せられている。
“こんなに好かれているのに、何故”、と多くの人に言われた言葉が蘇る。
まだ微睡から抜け切らない力の抜けた体のまま、彼らに微笑みかけた。
「――今まで、気が付かなくて、ごめん。」
そう口にすれば、彼らも嬉しそうに瞬いた。
起き上がろうと身じろぐとそれに合わせて微かな水音が耳に入り、どうやら半身が水に浸かっているらしいことに漸く気が付いた。
私が沈まないように抱え込んでいる、柔らかな"何か"に手を付いて起き上がる。
そこは、広い池の真ん中だった。
透き通った水もまた大気と同じように色づいていて、波立つ度に乱反射して色が変わる。
「……なんで、こんなとこに?」
意識が途切れたのは庭の中だったはずだ。
少なくとも、視界に池のようなものは見当たらなかったはずだ。
しかし、遠くには離宮の尖塔も神殿の鐘楼も意識を失う前と同じような角度と距離で目に入るということは、そう離れた場所ではなさそうだ。
そう思って、独り言のつもりで呟いた言葉に思いがけず、周囲から答えが返る。
『アトルディアが、望んだ』
少し、ぶっきら棒なそれは精霊達の言葉。
「え。」
『アトルディアが、そう望んだ。』
驚きにこぼれた言葉を、再び問うたのだと思ったのか、律儀に答えを返してくれる精霊達。
先ほどまで何を言っているのか分からなかったので、勘違いしていたが、どうやら、普通に意思疎通も出来るらしい。
まあ、そうでなければ精霊との交流なんて授業があるわけなかったのだが。
「この水は、アトルディアが――?」
『そう。』
尋ねれば、明朗だが些か説明の足りない答えが返る。
「アトルディア」は私の名前でもあり、私を守護する精霊の名前であり、私がこの世界にわたってきた場所の名前でもある。
この場合は精霊としてのアトルディアのことであるのは明確だ。
何故こうしているのかは分からないが、その答えで一つだけ分かったことがある。
水の中に居るのに、全く寒さを感じないのは、濡れている不快感もないのは、これが私を守護する精霊の力によるものだからなのだろう。
ふと水面を覗き込めば、そう深くない水の底に、意識を失うまでいた庭園の花々が見えた。
それらは、水底でまるで風に吹かれるように揺らいでいる。
……これ、今外から見たらどう見えるんだろう?
私以外人が見えない以上どうでも良い事だが、そんなことが気になった。