第6章 (6)
錆付いた鉄柵に囲まれた庭園を良い風景と思うかどうかはそれぞれの好みによるだろうが、少なくとも私は嫌いではない。
人の手を離れ、人の影がない、それ故に物悲しさを誘う寂れた景色は、これで味わい深いもののように感じられる。
尤も、ここがかつての庭園であり、無秩序とはいえ今尚花が咲き乱れているからこそ、そして日の光の下だからこそ、そう思えるのだろう。
これが墓所や廃墟で風通しも悪い、じめじめした場所で夜だったなら、別の意味で雰囲気ある光景だっただろうし、それなら私は決してここに近寄ることはなかった。
幽霊は、幽霊だけは駄目なんだ……怪談を聞かされるたび逃げ回り、それを面白がったクラスメイトたちに追い掛け回されていた小学校時代は伊達ではない。
そのクラスメイト達の顔は忘れても、怖かった記憶だけは残り続ける。
それでいて、夜中に出歩くのは平気な辺り、自分でも変わっているな、とは思うけれど、安心して真夜中に庭に出ることが出来たのは、それが神殿の中だったからかもしれない。
そう考えると、案外神殿暮らしも私にとっては悪いものではなかったみたいだ。
この世界に来てからは"幽霊"なんて聞いたこともないけれど、やっぱり、この世界にも存在するのか……。
まあ、とりあえず今は"精霊"。
一字違いでしかないけれど、その一字の違いが大きいのだ。
グレイズ先生も精霊はあやふやな存在ではなく、明確に実在する一つの――或いは複数の、この辺りは研究者間での争点らしい――種族だと言っていた。
今、私にとって確実なこと。
私を呼ぶモノは、この中に居る。
恐れることなく、足を一歩踏み入れる。
ざわり、と空気が揺れた気がした。
音感が悪いが、悪寒がしたわけではない。
一つ一つは小さくさわさわと動いているようなものが、一斉に動いたような、そんな感じだ。
そして感じる無数の、視線……。
私の一挙手一投足にまで神経を張り巡らせている。
音にならないざわめきが、耳に入ってくるような気すらしてくる。
いや、違う――。
気がするのではなく、空気の振動ではない何かの波を、確かに私は感じ取っている……。
唐突に、まるで光を遮っていた暗幕を一気に取り払ったかのように、理解した。
ああ、これが、精霊の気配だ――。
そうと理解し、受け入れた瞬間、私の視覚と聴覚は、意識は、膨大な、波にも似た何かによって埋め尽くされた。
それはまるで白一色のようにも黒一色のようにも感じられた。
雑じり気のない、純粋。
全てが融けあった、混沌。
そのどちらでもあるような。
その根底にあるのは、強大なナニかのたった一つの意思。
一瞬にして溢れかえった莫大なエネルギーに押しつぶされそうになって、私と言う意識が飲み込まれる寸前、誰かに優しく抱きとめられた、そんな気がした。