第6章
崩れかけて上部が完全に欠落した門を潜る――上部が無いのに潜ると言うのも変な話だが――。
敷地内に一歩足を踏み入れた時、空気が変わったのを感じた。
急に粘り気が出たと言うか、否、言葉にし辛い感覚だ。
決して物理的な刺激として空気の変化を感じ取ったわけではない。
水の中に入ったと言うのとも違う、例えるなら田んぼや泥濘の中に手を入れるような、きつい訳ではないけれど何となく抵抗や圧迫を感じるのに似た、けれど行動を阻害するものではないのだ。
なんといえば的確に表現できるのかは分からないが、最も近い感じとしては空気の密度が上がったような、と言うべきかも知れない。
こんな感じになると言うことは知らされていなかったので、首を傾げつつも、それでもあちこちひび割れ雑草を生やした石畳を廃園に向かって歩き出す。
門から廃園まで一直線に庭を突っ切っていくことが出来ないわけではないのだけれど、それには私の背丈を軽く越した草が邪魔なので、多少遠回りになるが、一応形を残している道を辿る方が結果としては早いのだ。
一歩進むごとにますます、空気の密度が上がっているように感じるが、嫌な感じはしないし、寧ろ何処となく懐かしさを覚えるくらいだし、きっと気にすべきではないのだろう。
そんな風に暢気に考えていたものだから、他の皆はどうなのだろうかと、私から少しだけ離れて付いてくるはずの彼らを振り返って……後悔した。
目に入ったのは、まるでパントマイムをやっているような彼らの姿。
セムは何事かを叫びながら壁を叩き、タウィーザは泣きそうな顔で壁に張り付いている。
その脇で呆然と壁を触り見上げているゲルド、アルシュは何だか興味深そうに壁を観察している。
更にその隣では、先ほどまでは姿を見せていなかったフィズさんがなにやら攻撃魔法っぽいものを壁に向かって放っていたけれど、その壁は一瞬波打っただけで、すぐに元に戻った。
いつもフィズさんとコンビを組んでいるはずのイドゥンさんは見えないから、もしかしたら神殿へ連絡に行ったのかもしれない。
うん、つまり何と言うか、先ほどまで無かった筈の壁が出現している。
しかも、話に聞いただけだが、相当な実力者らしいフィズさんの魔法が効かない辺り、かなり頑丈そうだ。
向こうからもこちらが見えているのかどうかがよく分からないけれど、こちらから見る分には無色透明。
一応、彼らの視線が私に向いているように感じられるから、向こうから見ても透明なんだろうとは思う。
声や物音が聞こえないことから、どうやら完全防音完備らしい。
どうしたの、と聞くわけにもいかなそうな彼らの切迫した様子に途方に暮れる。
これは、やっぱり一度戻った方が良いのだろうとは思うけれど……というか、本当ならその一択なんだろうけれど。
向こうから入ってこれないなら、私、ここから出ること出来るんだろうか?
もしかして、この世界に来てから最大のピンチだったり、するのかな……?