第6章 (3)
窓からの明かりしかなかった部屋に、魔法の明かりが灯る。
先ほどまで雑然としていたテーブルの上はきれいに片付き、菓子や人数分の飲み物が用意されていた。
腐海の隅に埋もれている一人を除いて全員が席に着き、セムの左隣から順に自己紹介が始まった。
因みに先ほどは下座だったが、今はセムの右隣に座らされている。
「アルシュだ。
魔物の生態学を専攻している。
依頼は基本的に個人で請けているな。
だが、時折、研究の為に砂漠への依頼に参加させてもらうこともある。」
恐らくこの中では一番年長であると思われる青年が言う。
鋼色とでも言えばいいのか、光沢のある濃灰の髪に、琥珀の瞳、狼を髣髴とさせる精悍な青年だ。
長剣を携えたその姿は、戦士や剣士、下手をしたら傭兵とでもいってしまいたくなるものだが、どうやら学者の卵らしい。
人は見かけによらない……。
「イシャーラ。
こんな形をしてるけど、実は神官見習いだ。
魔法士が夢だったんだけどね、適性がなくて諦めた。
この格好は"こすぷれ"とでも思ってくれれば良いよ。
ギルドに入ってるのは簡単な魔法を教えてもらえるのと、学資援助を受けるためで、もっぱら雑用に勤しんでるよ。」
如何にもな魔法士のローブ姿の青年は、どうやら苦学生らしい。
魔法を使うのはある程度は誰にでもできる事らしいけれど、適性がなかった、と言うことは職業に出来るだけの魔力を持っていないと言うことなのだろう。
私を見る目に、若干羨望が見えた気がしたのはその為かもしれない。
薄金の髪に空色の瞳の色白の美青年だ。
「僕はゲルド。
高等学校に通ってる。
まあ、同じ講義とってるから知ってるよね。
セムとは同じ隊でよく一緒に依頼を受けてる。
どう、もしよければ君も入らない?」
よくギルドで見かけていたうちの一人で、ブラーシェ先生の講義でも会うが、話をするのは今日が初めてだ。
私はいつも先生と一緒に教室に入り、奥の席に座っているから話をする機会はなかった。
黒髪に象牙の肌、焦げ茶の目と、モンゴロイド的な色彩だけど、顔立ちはコーカソイド系だ。
やっぱり顔立ちは整っている方だと思う。
「ソレム。
魔道具や鍛冶、そのほか色々と学校で学んでいる。
いずれはどこかの工房に入りたいとは思うが、今のところまだ何をやりたいか決めあぐねているってところだな。
ここでは試作品の実験をよくやってる。
良ければ今度協力してもらえると助かる。」
例の美味しいポーションのメイン製作者ですよ、と小声でセムから注釈が入る。
何か危なそうな人だが、恐らく悪い人ではないのだろう……多分ね。
目も髪も茶と地味な色合いをしているが、彼も日本にいたら確実に美形の粋に入るだろう。
「ファベルという。
ベルガディナルではないが、高等学校に通っている。
最終試験が迫っているので、あまり会うこともないだろうが宜しく頼む。」
先ほどは失礼なことを言った、と謝ってくれたのは白い長髪を高く結い上げた、赤い目の青年だ。
褐色の肌だけれど、もしかしてアルビノだろうか?
やっぱり彼も……以下略。
まあ、確かに失礼な発言とは思ったけれど、さっきまでの混沌具合では入るのを拒否する人は男女問わずいる筈なので、言われても仕方のないことだったようにも思う。
ていうか、私が一瞬不快に思ったのに気付いたのか……。
これは私が感情を顔に出しやすいのか、それとも彼が人の感情の機微に聡いのか、さてどちらだろうか。
何を考えてるかよく分からない、と昔はよく言われていたのだけれど。
アルシュとイシャーラ、ファベルの年長組三人はギルドで見かけた覚えがないので、多分私とは違う時間帯にここに来ているのだろう。
「タウィーザです。
初等学校の10期目です。
ギルドには昨年から登録しています。
これからよろしくお願いしますね。」
可愛らしく微笑んだのは、この中では最年少の少年だ。
ギルドで合うことが一番多かったのが多分、この中では彼だろう。
何度か話したこともあるので、全く知らないというわけでもない。
明るい茶色の髪の彼は、まるでゴールデンレトリバーの子犬。
年上の女性には絶大な人気を誇るだろう彼も、またやっぱり、以下略だ。
これで、テーブルを1周した。
順番で言うなら次は私だろうか、と思ってセムを見上げれば、徐に彼が口を開いた。
そして指し示したのは……忘れていた、まだもう一人残っている。
「そして、あの、あなたが言うところの"腐海"で潰れているのがレーグラです。
この中では唯一、国家魔法士の勉強をしています。
今日はちょっと……疲れが溜まっているみたいですね。
一応、一度は起こしたんですが……。」
と、少しばかり困り顔だ。
だが、首を左右に振り、もう気にしないことにしたらしい。
「最後になりましたが、改めまして。
私が『若き賢人』たちの当代の代表を勤めさせていただいています。
魔法士としての勉強を始めたばかりです。
どうぞ宜しく。」
そういえば、セムが何の勉強をしているかを聞くのはこれが初めてだった。
16で魔法士として学び始めるって、結構早い方なんじゃなかったっけ?
たしか、20代以降で体が成長しきった頃から魔法を使い始めるのが普通だと聞いた気がする。
血筋なのかもしれないが、きっと優秀な部類に入るのだろう。
とりあえずは、これで全員終わり。
全員の視線が集中しているのは気にしない。
この数ヶ月で、人に見られるのに慣れたからというのもあるが。
「えーと、顔見知りの方もそうでない方も、御存知だとは思いますが、マレビトのアトルディアです。
タキと呼んで下さい。
初等学校と高等学校で幾つかの講義を受けています。
ギルドでは、簡単な家事手伝いなどを中心に依頼を受けています。
今のところ、どこの隊にも所属していません。
どうぞ宜しく。」
その後は、無礼講と言う感じだった。
酒が入っているわけではなかったのだが……。
因みに自己紹介の後で、彼らから敬称はいらない、と言われたので呼び捨てにさせてもらっている。
代わりに私のこともタキと呼び捨ててくれて構わないと言ったのだが……セムとイシャーラが最後まで渋った。
結局、セムは学校と同じようにルディアと呼ぶことにし、そうなると全員がタキではなくルディアと呼ぶことに決めたらしく、イシャーラもこの場に於いてだけはそう呼ぶことを受け入れたのだった。
……タキって、そんなに言い難いのかな?
そんな中で、私の悩みの種である精霊が見えない、と言う問題についても一通りの討論がなされ、アルシュとソレムには特に興味深そうな視線を向けられた。
私は実感がないため言われても分からないのだが、私に群がる精霊の数と言うのは本当に異常らしい。
タウィーザも精霊に好かれやすい体質らしく、精霊と関わることは多いそうなのだが、数が異常なだけでなく、私が全く見えていないのにこんなに懐いているのも非常に珍しいことなのだと教えてくれた。
アルシュは純粋に研究者としての――精霊に関しては今も分かっていないことが多く、実は魔物と同類、或いは近種なのではないかと言う説もあるのだそうだ――興味で、ソレムはただ単に珍しいものが好きらしい。
結果としては、やはりほぼ確実に一気に大量の精霊に遭遇できる、且つさまざまな目撃情報がある『秘密の花園』に行くことが一番の近道だろう、との事だった。
何でも、実際にそうやって精霊を見れるようになった人が過去にもいたのだとか。
原理としては、例えがあっているかどうかは分からないが、霊感がなかった人が心霊スポットに行って幽霊を見てしまい、それ以降幽霊が見えるようになってしまった、と言うのと同じようなものらしい。
要は、ラジオのチューニングと同じようなもので、周波数を合わせるように、精霊を見るための波長を合わせるのだそうだ。
『秘密の花園』ではどういうわけかは分からないが、霊感のない人にとっての心霊スポットと同じように、適正が低い人でも波長が合いやすくなる特性があるらしい。
理屈はよく分からないが、多分、そういうことなのだと思う。
とりあえず、明日の朝、その場へ行ってみることが決定した。
メンバーは、私、セム、ゲルド、アルシュ、タウィーザの5人。
待ち合わせはこの部屋、3の鐘がなるまでに、だ。
そこまで決めて、今日は解散となった。
結局、唯一、レーグラさんの顔だけは見ることが叶わなかったが、きっと彼も美形に違いない。
本当、この世界はなんだってこんなに美形が多いのだか。
別な意味で居心地が悪いと言うか、美形に囲まれて居たたまれないと言うか、なんと言うか。
美形が多くなるように神が世界を制御していると言われてもきっと私は驚かないだろう。
もうここまでくると、美形のゲシュタルト崩壊を起こしそうだ……。
――自分の容姿に関しては、あえて考えまい。
2011/08/05 一部改稿。